雨やどり

千代田 晴夢

とあるお店の屋根の下

「傘……忘れた」


部活帰り。私は途方に暮れていた。

土砂降りに見舞われたのだ。友達とは家が反対方向なので、今はひとり。


しかも夕方なので、暗くなってきた。

……天気予報ちゃんと見たのに。四時から雨って言ってたのに。


私は仕方なく、近くの小さな店の屋根の下に入った。「今日は休業日」という張り紙がしてある。憂鬱な気分で、雨が止むのを待つことにした。


行き交う車、カッパを着た小学生。ぼーっと眺めているけれど、何も楽しくない。

あーあ、これだから雨って嫌い。……ふわあ、しかもなんだか眠くなってきた。うとうと……


△△△△△


ぴしゃっぴしゃっと水のはねる音で目が覚めた。どうやら少しの間寝てしまったようだ。

ふと右に目を向けると、私と同じくらいの歳だろう男の子がいた。


「ふえ!?」


思わず変な声が出てしまった。不覚!

……しかも笑われた!

もう最悪。そりゃ知らない人が急に現れたらびっくりするでしょ!


「ヨダレ垂らしてるよ」

「……へ?」

「ハンカチ貸すよ」


差し出されるままにハンカチを受け取り、私は口元を拭いた。

……ん?これってとてつもなく恥ずかしい状況なんじゃ!?!?


そう考えると同時に、ほっぺたがかあっと熱くなった。


「あはは、君面白いね。名前なんて言うの?」


は、恥ずかしい……


「……あなたは誰?まずそこからよ」


何か男の子が持っているバッグ、見覚えがある気がする……


「怒ってる?」

「ううん、怒ってるというか、ものすごく憂鬱。全部雨のせい」

「雨、嫌い?」

「大っ嫌い」

「そっか。どうして嫌いなの?」

「雨が降る日はろくな事がないの」


私は、はあ、とため息をついた。


「例えば?」

「傘忘れたり、あなたに出会ったり」

「……僕のこと嫌いになった?」

「どうして?まだ出会ってからすぐじゃない」

「よかった」

「でもいい印象じゃないわ」

「……」


男の子は、少し考えてから言った。


「僕は雨が好きだよ」


「……どうして?」

「雨は、たくさんのものにめぐみを与えてくれる。そして何より綺麗だ」


まあ確かに。私は雨を見つめた。

綺麗かも知れない。


「納得してくれたみたいだね」

「したというか、確かにと思っただけ」

「……そっか」


「あなたも傘、忘れたの?」

「え?……あ、そうだよ」



私たちは雨が止むまで、色々な話をした。

好きな食べ物、最近の出来事、嫌いな先生。他愛もない話だけど、なぜかとても楽しかった。


△△△△△


時間はすぐに過ぎていった。いつの間にか、雨は止んでいた。


「雨、止んだね」

「ええ、そうね」


屋根から顔を出すと、夕焼け空には、大きな虹がかかっていた。


「きれい……」

「雨が降らないと虹も出ないんだ。君も雨、好きになった?」

「……さあね」

「そっか。……じゃ、僕は帰るね」


男の子は、手を振りながら、立ち去ろうとした。


「……待って」

「……?」

「あなたの名前、まだ聞いてないわ」


私が呼びかけると男の子は、振り返りながら言った。


「僕は○△×高校の佐伯。よろしく」

「……!」


……私と同じ高校!

そう思った瞬間、男の子がイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「じゃあね」

「あ……うん。ハンカチ、今度返す」

「わかった」


男の子は、また後ろを向いて、去っていく。




その時、バッグの中からちらっと見えたのは、小さな折りたたみ傘だった。

……なんだ。傘、もってきてるじゃん。

あの人、何で雨やどりしてたの?


私は不思議に思うばかりだった。




まあとにかくこれは、初めて雨も悪くないな、と思った日の話だ。




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雨やどり 千代田 晴夢 @kiminiiihi

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