第12話 防衛戦⑵ 若き兵士長

 城壁上から次々と降り注ぐ鉄球の雨をかいくぐり、敵は遅々としながらも着実に距離を詰めてきている。

 枢機卿と思わしき人物が飛ばした檄によって明らかに聖騎士たちの打たれ強さが変化した。

 盾越しに鉄球を受けたとしても着弾時の衝撃は免れず後方へ大きく吹き飛ぶ。

 しかし初撃を浴びせた時とは違い、吹き飛ばされたその場からすぐさま起き上がり行軍を再開するのだ。


「忌々しい……」

 ギリッと歯を食いしばり、ブルムバーグ兵士長が呟く。

 当初の予想よりも戦力を削れずにいることに焦りを感じ始める。

 それと同時にジェミニコフ達を死に追いやった仇が目の前にいるという事実に、ふつふつと怒りが込み上げていた。


「功を焦ってはダメだよ。ブルムバーグ君」

「!?……ジェミニコ……」

 かつて傍らで未熟な自分を導いてくれたジェミニコフの声が聞こえた気がし、ブルムバーグは横に目をやるが、そこには当然その姿はなく、奮闘する部下たちの姿だけがあった。


 ジェミニコフはブルムバーグよりも一回り年上の熟練兵で、ブルムバーグの隊は元々彼の隊であった。

 ブルムバーグの魔術の得意属性がジェミニコフと相性がいいということで配属された訳だが、実戦においてブルムバーグは次々と功績を立て、ジェミニコフいる処にブルムバーグあり、といわれるほどジェミニコフの隊になくてはならない存在となった。

 そしてジェミニコフは彼の才能に惚れ込み、ブルムバーグを兵士長として推薦し彼を指揮官として補佐し育てる道を選んだのだ。


 ブルムバーグにとって彼は兄のようであり、師であり友でもあった。

 魔の森の任務においても、ブルムバーグが自ら森へ入るのを指揮官として相応しくないとして反対し、代わりにジェミニコフが赴いたのだった。

「なーに。チャチャッと終わらせて帰ってくるさ。じゃあ、入口の安全確保は頼んだぞ」

 そう言いながらひょうきんな態度のジェミニコフにポンと叩かれた感触が、ブルムバーグの肩にまだ残っている。

 その感触を確かめるかのように肩に手をやる。

 聖騎士隊の発見と討伐先遣隊全滅の報告を受けた時、彼の代わりに自分が森に入っていればと幾度となく悔いた。

 しかしいくら悔いても、こうして生き残ったのは自分である。


 ──そうだ。彼はもういない……──


 若き兵士長は拳をぐっと握りしめた。


 ──彼らが命を代価にして紡いだ好機……。生き残った我々が活かさずしてどうする!──


 彼は決意に満ちた表情で顔を上げると全体へ命令を下した。

「そのまま攻撃の手を緩めず聞け!弩隊!私の横から始めて順に、一、二、三と繰り返し点呼せよ!」

 一、二、三と点呼する声が順に繰り返され、しばらくして離れたところで声が止む。

「三の者に命ずる!弩での攻撃を中断し、魔術式|風の槍《ウィンドランス》を敵前方の地面へ着弾させ土煙を上げろ!敵の視界を奪うのだ!それ以外は引き続き弩で攻撃せよ!」


 命令が全体にいきわたると槍状の鋭い突風が放たれ、鉄球の雨の中を鋭く突きぬけて敵隊列の前方に着弾する。すると風は地面をえぐり土煙が舞い上がった。

 その土煙が前方を行く聖騎士達の視界を悪くする。そんな中を鉄球が降り注ぐ。

 視界が悪くなることで直前まで鉄球の軌道が読めなくなると、盾による防御が間に合わなくなり、再び鉄球が聖騎士を直撃し始めた。


 ブルムバーグは策が功を成したことでほくそ笑む。

 ──よし!このまま畳み掛け……──

「兵士長!!」

 望遠鏡で敵情を継続して確認していた兵士が、ブルムバーグの心の声を遮る形で呼びかけた。

 明らかに異常を湛えている声色にブルムバーグの顔が曇る。

「どうした」

「敵後方にて神官と見られるものが集結し、集団詠唱とみられる行為を行ってます!」

「なんだと!?」

 奪う形で兵士から望遠鏡を取り上げると、敵隊列後方の枢機卿がいた辺りを凝視する。

 するとそこには交戦前は散開していた神官達が和になって集結しているではないか。

「まさか……降臨の儀なのか……?」

 ブルムバーグは最も恐れていたことが起きようとしていることに肌が粟立つ。

「風属性攻撃であれを止めることは可能か」

「いえ……、あの距離ですと弩の魔術弾の射程圏外ですし、個人レベルの魔術でも届きません。集団魔術を使おうにも風操り集レベルでないと無理かと……」

「くそっ……枢機卿……侮っていた……!」

 ブルムバーグは自らの読みが甘かったことに気づき、憤りをぶつけるかのように胸壁を拳で打ち付けた。

「一体何が起こるというのですか?」

 そんな兵士長の様子に異常を報せた兵士が問いかける。

「……し……」

 囁くようなブルムバーグは返答するが、聞き取れずもう一度兵士が聞き返す。

「すみません。今なんと……?」

 すると同じタイミングで敵上空が眩い光に包まれそれは姿を現した。


 それは人よりも二回りは大きい体躯に黄金に輝く甲冑を纏い、白く輝く刀身の剣と黄金の盾を携え、背中には四枚の白い翼が生え、頭上に後光を湛えた、まさに神話の世界からとび出したような存在だった。


「天使だ……。光教聖典に神兵として伝わる存在だ。聖王だけでなく枢機卿も召喚できるとは……」

「あれが……」

「あのジェミニコフ補佐官が生還できなかったのも、恐らくあれが原因だろうな」

 その様子を見ているしかないブルムバーグ達を他所に、続いて二体目、三体目と召喚され、聖騎士隊上空を覆っていた光が止む。

「三体だと……」

 一体でもかなりの戦力を持つと伝わる天使が三体現れたことで、魔導兵達に動揺が走り攻撃の手が一瞬止む。

 それを好機とばかりに聖騎士達は歩を早め、それと同時に天使が猛スピードでこちらに飛んで来始めた。


 未曾有の驚異が迫り来るこの状況によって魔導兵に今まで見られなかった恐怖が生まれ広がりつつあった。

 聖騎士の隊列へか天使か、どちらへの攻撃を優先すべきか分からなくなっていた中ブルムバーグの声が轟く。

「先の点呼"一"は標的を天使とし、集中攻撃!残りは先程と同様に引き続き敵隊列へ攻撃せよ!」

「「はっ!」」

 再び統制を取り戻した魔導兵達は攻撃を再開する。


 今まで集中していた攻撃が分散することで聖騎士隊列の行軍スピードは早まっている。

 一方天使の方は、先頭を行く一体が降り注ぐ鉄球を盾で防ぎ一身に引き受けながら飛行し、その天使に隠れるようにその後方をピッタリと二体が着いていく。

 そうした形で三体の天使は怯むことも速度を落とすこともせず、真っ直ぐ城壁へ飛んで来る。

 再び魔導兵達に動揺が走る。

「このままではまずい……城壁が破られるぞ!」

 そしてブルムバーグはしばらく思案して呟く。

「……を試すしか……ないな」

 そして近くにいる直属の部下である兵士に命じた。

を取り出してくれ」

「はっ!」

 部下は返事をするとすぐさま傍らに置いてあった木箱からあるものを取りだした。


 それは弩のようだが、弾を打ち出すための弧と弦の代わりに長い筒が取り付けられ、弾が射出されるであろう筒の入口から二本の金属の棒が覗かせている。

 筒の上方には拳大の穴が空いていて筒の後方は塞り、何かをはめるような形状をしている。

 何を隠そう、ブルムバーグが若くして兵士長に推薦された理由の一つが、この特製弩であった。

 これはブルムバーグの類まれなる雷属性魔術の造形の深さによって発案され、ジェミニコフと共同することにより開発した武器なのだ。


 二本の針金──それぞれ異なる種類の金属からなる──が飛び出した形状の雷瓶とよぶ容器にジェミニコフの魔術による強力な雷が蓄えられたもの。

 ブルムバーグが実験により発見した二本の金属線の間に鉄球を置き雷を流すことで鉄球が動く原理。

 この二つを組み合わせることにより生み出されたものだ。

 つまりは雷瓶に蓄えられた雷が、付呪された術式により一気に放出されると、装填された鉄球が超高速で射出されるという強力な武器である。


 この武器の欠点として、連射が出来ないこと、三発も打てば金属がすり減り使い物にならなくなること、満足のいく威力を出すのに必要な威力の雷を生み出せる者は、ジェミニコフを含め数える程しかおらず雷瓶を量産できないことなどの理由から、現在この世に存在しているのはこの一つだけである。


 強力ながらも数発しか撃てないことで使う機会が限られ持て余してたこの武器。

 今こそ使うべき時なのだとブルムバーグは確信した。


 ──雷瓶のストックは三つ……外すことは許されない……──


 腰のポーチの鋲を外すと中には雷瓶が三つ覗かせていて、そのうちの一つを取り出すと、慣れた手つきで特製弩の窪みにカチャリと嵌め込んだ。

 そして鉄球を筒上方の穴から落し入れると照準をこちらに向かって突っ込んでくる先頭の天使に合わせる。

「《雷よ》」

 呪文を唱えるとキュイーンという奇妙な音が雷瓶がら聞こえ出す。

 ゆっくりと深呼吸をし、集中する。

 狙うは盾を持つ手の左右反対側、右半身。

 ゆっくり照準を微調整する。

 目標に狙いが定まった刹那、ブルムバーグは引き絞るように引鉄をひいた。


 バァンという強烈な破裂音が鳴り響き、鉄球が目にも止まらぬ早さで打ち出され、その衝撃でブルムバーグは後ろの胸壁に叩きつけられる。

 痛みに呻き声をあげるもすぐさま体勢を整え、打ち出された鉄球弾の行く末を確認すべく身を乗り出した。

 すると天使はこちらに向かって飛んできてはいるが、弾はしっかりと命中したことが分かった。


 それまで真っ直ぐ飛んできていた天使は速度をおとし、よろよろと上下に揺れながら飛行している。

 翼が一枚欠け、右肩は抉れ、手に持っていた剣と共に右腕がどこかに吹き飛んでしまっている。

 それでもなお叫び声すらあげず、無機質にこちらに向かってくる姿は不気味さを感じさせる。


「バケモノめ……」

 そう呟きブルムバーグは2発目をお見舞すべく特製弩の後方についてるレバーを引く。

 すると使用済みの雷瓶が弩から飛び出し宙を舞う。

そうして空いた窪みにすかさず二つ目の雷瓶をはめ込み、鉄球を装填する。

 その間にも弩隊の鉄球の雨は天使にも降り注いでいる。

 ダメージが蓄積されているためか徐々に盾での防御が甘くなっており、鉄球弾が当たる度に盾が弾かれ脇があき、胴体部をさらけ出している。

 狙うはその一瞬の隙だ。


 先程と同様に深呼吸をし、呪文を唱え照準を合わせる。

 そして今度は発射時の照準のブレを抑えるために肘を胸壁に固定し、足は踏ん張りを効かせる。

 極限まで集中し天使の身体中央を捕え、そのまま隙を伺う。

 天使達はすぐそこまで迫ってきている。

 しかし焦っては行けない。

 そして味方の鉄球が盾をはじき飛ばしたその瞬間、鉄球が轟音と共に放たれた。


 ブルムバーグは射出時の衝撃をこらえることが出来たため、今度は成り行きを見逃さなかった。

 弾は見事、胸部中央に命中し、鎧を貫き、骨を砕き、肉を潰し、後方へ、翼諸共巻き込んだものを撒き散らしながら貫通していった。


「「おおおお!」」という味方の歓声があがる。


 しかし、天使は瀕死ながらも最後の力をふりしぼり、城門へ突っ込んでいったのだった。

 城門の扉は天使の衝突によって砕かれ破片となって飛び散った。

 衝突で舞い上がった砂埃が晴れると、そこにはもう動かない天使の骸が横たわり、砕かれた木製の門からは鉄格子が僅かに凹んで剥き出しになっていた。


 ブルムバーグはすぐさま雷瓶と鉄球を装填し直す。

 一体やっても残り二体が残っており、すぐさま迎撃に取り掛からなければならない。

 装填を終え、前方を見やるとそこに残りの天使の姿はなかった。

 するとガァンという音ともに足元が揺れブルムバーグはよろめいた。


 ──しまった!門に残りの天使が到達してしまっている!──


 ブルムバーグは体勢を整えて、門を破ろうとしている天使を、上方から攻撃を加え討ち取ろうと身を乗り出そうとした。


 次の瞬間。


 突然目の前に一体の天使が現れた。


 天使は今にもブルムバーグに剣を突き立てようとしている。


 それを見たブルムバーグは呪文を唱え、弩を構えようとする。


 しかし、それよりも早く天使の剣はブルムバーグを貫いた。


 剣からは白く眩い炎が吹き出し、瞬く間にブルムバーグを包み込む。


 ブルムバーグは天使に向かって何かに言おうとするが、肺が焼かれ喉が爛れ、声にならない叫びが喘ぎとなる。


 眼は光を失い、音が世界から消えた、死が眼前へと迫り意識が薄れ始めたその時、キュイーンという音が聞こえた気がした。

 ──くた……ばれ……──

 最後の力をふりしぼり特製弩を敵顔面があったところへ向け、引鉄を絞る。


 すると強い衝撃が走り、その衝撃に耐えきれずブルムバーグの体は崩れ、塵となった。

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創世の言語 じょに @jonijoni

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