ずっと、永遠に側にいる

 暖かな光が木漏れ日となって地面を斑点としていた。木々が風に揺られてさざめくが、さわさわとする音は小気味良い。見上げると蒼い空があり、雲が棚引いていた。

 手のひらを掲げ、自分の顔に影が来るようにして遊ぶ。すると、不意に影が大きくなった。


「何してるんだい?」

「待ってたの」


 あなたを、と軽く微笑みかけると、イルスは怪訝そうにした。


「僕を?」

「うん。日光浴じゃないんだから」


 ぐいぐいと腕を引っ張って、ベンチに強引に座らせる。


「ねえ、覚えてる? 初めて会ったときのこと」

「僕がミルの仕事先に手伝いに呼ばれて、そして出会ったんだよね」

「そう。あーでもない、こーでもないって困ってたとき、イルスが面倒見よく教えてくれた。あのときは手際のよさにあっと言わされたなぁ」

「僕もミルの理解力には驚かされたよ。教えたことはどんどん吸収していくしね」

「イルスの教え方が上手かったからね。それで、話が盛り上がっちゃって、仕事放り出す勢いに意気投合した」

「君の親方、怒ってしまうと凄く恐かったよね」

「ほんと! あのとき心臓が跳ね上がったぐらいだもん」


 懐かしいなあ、と出会った当初のことを馳せながら、それからの思い出も語った。中には私の覚えていないこともあったが、知らなくても私達の関係を築いたものだと考えれば、胸の奥にちくちくと刺す痛みは少しで済んだ。

 イルスは気遣いながらも、私がそういった部分の話も聞きたがっているのを感じ、明るげに私の欠落した過去を話してくれた。


「私、結構忘れてたんだね」

「ミル、」

「でもね、ちゃんと覚えてることもいっぱいあるよ。イルスが昔から部屋の片付けができないことも、森で変なもの取ってきてお腹壊したことも、寝ぼけてベットから転げ落ちたことも、……階段で足を踏み外してしまったことも」

「それ、は僕が」


 消したはずなのに、という言葉は聞かなくても分かった。


「覚えてるというよりは、コピーしたが合ってると思うけどね」


 そうすることには不安があった。記憶の複製なんて、私が人間であった頃の私であるかの疑問を抱かせてくる。

 だが、それでも覚悟を決めたのだ。


「終わりにしよう」

「ミル、僕は」

「もう、いいんだよ」

「……君とずっと側にいたい」

「うん。だから終わりにするの」


 バシャリとイルスに頭から水をかけた。

 呆然とする彼の前で、用意しておいたもう一人分の水も自身に落とす。


「な、何を……」

「見ていられない、限界なんだよ。私も、あなたが苦しみに耐えれるのも」


 頬にそっと手を触れながら、唇を彼のによせた。


「私、あなたのことが好きだよ」

「僕も好きだ。君を絶対に失いたくないぐらい、愛してる。……ミルも?」

「当たり前だよ。だから、私達はここまで同じ時を過ごしてしまった」


 どれだけの年月が経ってしまったのかは、カレンダーなんて置いていないものだから分からない。衰えて、しわくちゃのおばあちゃんにもおじいちゃんにもならなかった。


 アンドロイドになって、姿が変わらなかった私達。愛の形もずっと変わっていない。


「トラジディーはおしまい。ずっと、永遠に側にいよう」


 こんな方法しかとれなくてごめんね、と『それ』を握りしめると、イルスは私の手を覆った。

 一緒にやろう、と震える手を暖めてくれて、また口付けをする。ほんのり、しょっぱかった。


 そして電気が弾け、私とイルスは最期を迎える。


 *



「ねえ待って、置いていかないでよー!」

「もうしょうがないなぁ。ほら、手ぇ引っ張ってあげるから」


 森を歩く子どもが二人いた。

 泣きじゃくる男の子を女の子が手を繋ぎ、互いにぎゅっと握る様子はどんな事が起こっても離れそうにない。


「あ、見えてきた!」


 森の奥深くにポツンと一件の家が建っていた。

 怖いもの見たさでやって来た子どもの内、女の子は喜びの声を上げ、男の子は怯える。


「さあ行こう!」

「やめようよ。もうすぐ日が暮れるし、家に帰ろう」

「何、怖がってるの? 大丈夫だって! いざとなったら私が守ってあげるから」


 森の奥深くに年をとることのない、人の形をした魔物が住んでいるという噂があった。

 家があったことで噂の信憑性が増し、魔物も見てやろうと女の子はずんずんと敷地内に入っていく。

 男の子は彼女を一人置いていけはしない、と嫌々追いかける。


「うーん、いないなあ」


 家の中を外から覗くが、誰もいない。鍵はかかっていなかったので、玄関まで入ってみたり大声を出しても、誰かがいるようなことはない。空の色が変わるまで探したが、噂の元になるようなものも見つからなかった。

 噂は噂に過ぎなかった、と結論を出し二人は帰ろうとする。そのとき、男の子が「あ!」と何か見つけたようだった。


「わあ! きれい……」


 その光景に感嘆し、見惚れる。

 橙色の光に照らされおり、水溜りはキラキラと宝石のように輝き反射していた。

 子ども達はその光景の中にいる二人に憧れをもつ。


「僕達も、この人達みたいになれるかな」

「なれるよ!」


 女の子と男の子は顔を見合わせて笑みをこぼし、もう一度その光景に視線を向ける。

 そこには二人のアンドロイドが側に寄り添い合い、安らかな表情で事切れていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トラジディーは愛故に 嘆き雀 @amai-mio

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ