決意
彼女は表明通り、何回記憶を消されても諦めなかった。その執念はまるで過去のことを覚えているかのようで、日記をつけているのかと考えさせるがそうではない。
確かに記憶をなくしているのだ。
一途なまでに僕を想い、以前と同じ感情を抱いて追及する。
「ああ、こんな日々もいいかもしれないね」
安穏とした日々ではないにしろ、彼女は愛を示してくれる。だが、意思が相容れないのが難点だ。
彼女は僕の幸せを。
僕は彼女の幸せを。
第一を互いの相手を置いているから、どちらも意思は曲げたりはしなかった。
―――イルスは自分のことを疎かにしすぎてる!
ミルはそう怒ったことがあったが、僕は己の願いの為にも行動している。
君とずっと側にいたい。
彼女はそれに同意し共通の願いを持ってくれたが、それだけの域では駄目なのだ。
「僕はずっと、永遠に君と側にいたい」
永遠が欲しい。
始めから今日まで変わらぬ願いにより、僕は彼女をアンドロイドにさせた。
彼女は交通事故にあい、意識不明となって何日も彼岸と此岸を彷徨った。その状態から奇跡的に回復したものの、麻痺かつ知覚機能がなくなった体は、医師に最期のときは自宅で過ごされてはと勧められる程である。
そうして死にゆこうとする彼女に耐えきれなくなり、僕は人間の体を捨てさせる決断を踏み切った。
―――彼女と共にいられるなら、機械であってもいい。
あらゆる技術で手をつくし、そうしてアンドロイドとなった彼女は記憶が欠けていた。
精神が不安定な彼女の為、どうにかして記憶を取り戻そうと奮闘するが、その間に彼女は死んだ。僕の技術が未熟であったから、何度も死なせてしまった。
なのに記憶を取り戻すことは不可能、という結論しか得られなかった。
そこからはアンドロイドの体の調節をし、当初のものより生きながらえるものとした。
勿論、僕一人でそこまで至らしめたときには寿命が来ることは間違いない。体を己ができる範囲内で施術して半分以上アンドロイド化している。
だが人間のままの生身な部分である頭部を打ったせいで僕は体の機能を停止し、記憶を一時失った。
その後、複製しておいた記憶を読み取り、僕は感動することになった。彼女は長い期間一人であろうとも、僕を直してくれたのだ。
自身がアンドロイドであることにも察してしまい、大きな心労があるまま整備不良により早く死なせてしまった。
そのことを後悔していて、当事の僕の鈍感さに殴りにかかりにいきたいところだ。だが、そのときの僕にまた共にいられる希望をくれたことは、鈍かったからこそ体験できた。それはとても嬉しいことだった。
「僕は幸せ者だ」
だから、決して彼女が言うような苦しみなどない。
「ねえ、ミル?」
花に囲まれながら、胸の前で手を合わせ安らかに眠っていた。渾身は細くて白く、窪んでいる瞳は暗澹としている。一つの組織だけであるので、息をすることも言葉を返すことはできない。
棺の中にいる彼女は、既に遥か昔に生きる活動を停止していた。この彼女はアンドロイドの体に移し不用となってしまった、本来の肉体だ。
遺体であり、あまりに長い年月が経ったことかつ管理不行き届きのせいで骸骨となってしまったが、それは僕に不の感情を持つに至らない。
骸骨の姿であってもミルなのだ。
触れてもアンドロイドに完備させたような熱は感じられないが、僕を愛しくさせる。
「……儘ならないな。僕はどうすればいいんだろう」
追い求めるものは永遠。
つまり不死だ。自然の摂理に反するもの。
アンドロイドとなっても、辿り着くことは未だできていない。どんなに手を尽くしても、形すら見えてこない。
「いつになれば、終わりが来るんだろうか」
まず、ゴールがあるのだろうか。
手を加えることなど必要としない、不死の体は存在するのか。
「ミル……っ」
やはり苦しい。
果てが見えないのに、弱音を吐かずに走り続けることなどできない。己を騙すのに、徐々に限界が近づいて来ている。
だがそれでも僕は切望の為、ミルに甘えそうになる気持ちを圧し殺し、彼女の意思と対峙するのだ。
ずっと側にいたい。
その願いの裏には彼女がいなくなる悲しさも僕がいなくなる悲しさも、もう味わいたくないし味わせたくない、そんな想いがあるのだから。
*
きっと、もう限界なのだ。
彼にとっても、私にとっても。
ミル、と名前を呼ぶ声は切なげだった。
私は仕事場の隠し部屋に気付き、複製したあった記憶で欠落していた部分を取り戻していた。半分程しか複製はなかったが現状を把握するには十分で、夜中に一人で苦しむイルスを、ほんの少し開けた扉の隙間から声を聞く。
「我慢しすぎなんだよ……」
なぜ、私を頼ってくれないのか。
夫婦は、苦しみを分かち合うものではないのか。
イルスは私がいることに気付かないぐらい、追い込まれている。
私は自身の指を見た。
針で突き刺しあけた小さな穴があり、奥底には光で照らすと銀色である。機械でできた、アンドロイドの体だ。
イルスのあまりに過保護な理由の一端が理解できた。人間ではなくなったことを隠す為だったのだ。怪我をし、赤き血が流れないことを知られたくなかった。
「ほんと、私のこと大切にし過ぎ」
咽び泣く声が微かに聞こえさせる扉をそっと閉じ、仕事場に相も変わらず置いてあるだろうところに立つ。何度も目の当たりにし、使われてきた。
私は『それ』を手に取り、堅く握りしめた。
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