(四)剣に乗せた思い①

(四)


 ヴェイスからの報告を受け、騒動の情報は団長であるランドルフにまで伝えられた。

 ところがランドルフは慌てることなく、さも当然というように苦笑いをしながら、大きな肩をすくめてみせた。

「まあ、起きるべくして起きただけの話だ。現場にはとりあえず向かうが、国家間の問題にならない程度に適当に鎮静化させてくれていればいい」

「そんな悠長な事を……」

 副官が少し焦りながら身振りで急かす。

「そう慌てるな。武器を手にした反乱であれば問題だが、捕虜達は手枷足枷もしているので可能性は低い。それにもうすぐ帰国できるのが分かっているのだから、少し騒ぐ程度で収まるだろうさ。それにここで鎮火してくれれば、明日からは安心だろう?」

 武芸一辺倒と思われているランドルフだが、団長を務めるに足るだけの思考能力は備えているのか、そう言って副官に整然と返した。

「それはそうですが……」

「まあ、そうそう火傷するような事態にはならんだろうさ」

 ランドルフは愛用の戦斧を手にすると、副官の肩をぽんと叩いた。


 同じ頃、ゼストア王国の貴族子息達と対峙していたラーソルバール。対峙する相手の節度の無さに、呆れるように小さくため息をついた。

 三人の貴族子息のうち、残ったクロワルドに対して他者からの魔法による援護が行われたのが見て取れたからだ。

 優位な状況から一転、一対一という個人の技量が試されるような状況になったことで、クロワルドは目の前の相手を打ち倒すための手段を厭わなかった。

「貴公は何を!」

 クロワルドが幾つもの魔法による支援を受けたのを見て、グスタークは憤慨した。

 恥を晒すにも限度というものがある。複数で戦いを挑んだばかりか、勝機が薄くなったと見るや更に他者の力を借りるというのは、有るべき倫理観をどこに置き忘れたのかと怒鳴りつけたくなる。

「何か御座いましたか?」

 クロワルドは顔色一つ変えず、グスタークの怒りの言葉にもどこ吹く風といった様子で応じる。

 彼はそのまま強化の具合を確かめるように剣を振り、軽く飛び跳ねた。


 魔法による支援は三人という約束を破るものだが、彼らはそれを認める事はないだろう。故に、それを踏まえたうえで強化された相手を屈服させなくてはならないのだから、ラーソルバールとしては厄介この上ない。

 剣を持つクロワルドの構えを見る限り、伯爵家の嫡男として受けたであろう教育の成果が確かに見える。一流では無いかもしれないが、魔法による支援もあるため気を抜くこともできない。

 クロワルドの動きに注意しつつ、彼の後ろに控えている者達の様子をちらりと見れば、ラーソルバールの動向を伺っている様子が分かる。となれば、安易に踏み込まず相手を迎え撃つ方が良いだろうか。僅かな迷いが生じた時だった。

「来ないならこっちから行くぞ!」

 クロワルドは魔法による手応えを確認し終えると、勢いよく地を蹴った。

 魔法による効果か、伸びるように速度が上がり、あっという間にラーソルバールとの距離を詰めると、力一杯剣を振り下ろす。と、直後に激しい金属音が響いた。

「くっ……」

 剣で受け止めたラーソルバールは力を殺しきれず、踏ん張った足が僅かに後ろへ滑る。

 相手がどの程度強化されているのか、確認をするためにあえて受け止めてみたが、想定していたよりも重い一撃だった。だが、それでも灰色の悪魔モンセント伯爵に比するものでは無い。

 力もそれを活かす剣技も稚拙で、驚異と言うほどではない。ただ、クロワルドを魔法で援護すべく機会を狙う者達の存在に注意を払えばいい。

 勝ち誇ったような笑みを浮かべるクロワルドは、力比べよろしく剣に力を加える。だがそれを嫌ったラーソルバールは瞬間ふっと力を抜くと、合わせて半歩後退する。

「ぬっ!」

 ラーソルバールの動きを想定していなかったのか、クロワルドは腰が砕けたように体勢を崩す。

 狙い通りに機会を得たラーソルバールは、するりと剣を流すと軸足に力を入れてそのままクロワルドの胴を薙ぎ払った。

 フォン……。僅かな音が耳に届く。

 剣はクロワルドの身体を捕える直前、魔法による防御障壁に阻まれた。だが、それを想定していたラーソルバールは自身の魔力を剣に流し込んでおり、クロワルドを守る障壁を難なく切り裂いた。

「ぐぁ……」

 障壁により威力は減衰したものの腹部を直撃した剣は、クロワルドの身体を浮き上がらせ意識を奪うには十分だった。

 宙に浮いたクロワルドの体は、抗うことなく地に落ちてそのまま動かなくなった。

「む……あれがヴァストールの未来を背負うという者の剣か……」

 グスタークは身震いした。

 間違いなく最後の一撃は手加減をしていると分かる程、その動きも剣捌きも恐ろしく鍛錬を重ねた者のそれだった。

 そして確信した。

 戦場で自身を地に這わせた相手は、間違いなく彼女であると。


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