(三)己の剣に懸けて③
ゼストアの将であるグスタークとしては、本来ならば自軍の者達の愚行を制止すべき立場なのだが、この時ばかりは個人的な興味が先行した。貴族の子息達の実力がどの程度のものかは分からないが、彼女は三人を相手にどう戦うのだろうか、と。
この金髪の娘は本当に戦場で対峙した相手なのか。もし本人なのであればどれ程の剣の使い手なのかを、己の目で確認したいという気持ちが湧きあがる。
周囲の騎士達に目をやれば慌てる様子も無く、彼女が勝つだろうと信じている様子が見て取れる。まるで若い娘に重責を預ける事に対する心配など、一切無いかのように。
それならば。
「この勝負は、このグスタークが責任を持って見届ける。結果がどうあろうと、本国でも嘘偽りなく対応する事を剣に誓おう」
グスタークはそう言って、貴族の子息達を睨んだ。
彼らが仮に負けたとして、前言を翻さないとも限らない。ゼストア人として恥を晒さぬよう予め釘をさすことを忘れなかった。
グスタークの言葉に背を押されるように、ラーソルバールは模擬剣を手に一歩前に踏み出したのだが、直後にそれを遮るようにモレッザの腕が伸ばされた。
「待て、私が出る……!」
強い意志を感じる言葉に、ラーソルバールは一瞬だけ躊躇するように動きを止めた。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「……いえ、先方はわざわざ弱そうな小娘を指定しているのですから、他の方が出ていけば前言を翻すかもしれません。ただ……出来ましたら、事後になりますが上官への報告をして頂けると助かります」
「な……」
ラーソルバールは悪戯っぽい笑みを浮かべて申し出を断ると、制止するモレッザの腕をすり抜けてゼストアの貴族子息達の前に立った。
手足の枷を外された男達は、ようやく身軽になったとばかりに思い思いに体を動かしていたが、ラーソルバールの存在に気付いたように横目で様子を伺う。
「ラーソルバール・ミルエルシ一月官、お相手を致します」
男達は名乗りを聞いても特に反応せずに、鼻で笑うとすぐに視線を外した。
すぐに彼らは集まって短く話し合うと、互いに少し間隔をとるように位置取る。そして準備が出来たとばかりに不敵に笑うと、ラーソルバールを挑発するように手招きをしてみせた。
「いつでもいいぞ、小娘!」
三人という絶対的優位な立場。負けるはずが無いという自信が見てとれる。
ラーソルバールは小さく息を吐くと、剣の柄を握り直し足元の感触を確かめる。
「では、お言葉に甘えまして……」
言い終わると同時に力一杯に地を蹴ると、相手との距離を一瞬で詰める。
そして相手が応戦する間も与えず、勢いを乗せて剣を横に薙ぐ。模擬剣独特の風を切音を立てながら、ラーソルバールの剣は中央に立っていた男の横腹に叩き込まれた。
「グハッ……!」
身構える事もできなかったのか、先程マーロウと名乗った男は不自然な形に体を曲げつつ横に弾き飛ばされた。
「何っ!」
向かって右斜め後方に立っていた男、リガールはそのまま向かってくるラーソルバール目掛けて慌てて剣を振り下ろした。が、その剣はラーソルバールの影すら捕えられずに空を切る。
直後、リガールは腹部に強烈な衝撃を受け、声を上げる事もできずに悶絶しながらうずくまるように倒れた。
マーロウを仕留めたラーソルバールは小さく横にステップを踏んで、手首を返して剣の柄部をリガールの腹に叩き込んだのだった。
「貴様……!」
クロワルドは焦った。
三人で包囲し、余裕を持って戦う予定が一瞬で崩れ去った。魔法を使う暇さえも無いまま二人が倒されるというのは想定外としか言いようがない。
「まだ、戦いをご所望ですか?」
できれば騒動の主導者と思われる眼前の男の口から、終息の言葉を引き出したい。
戦意を喪失しかけながらも剣を手放そうとしないクロワルドに、ラーソルバールは冷静に言葉をなげかける。
「う……うるさい! どうせ汚い手を使ったのだろう?」
先程までの自信の表情は消え去り、動揺する心を表すように剣先が小さく震える。だが、これで万策尽きた訳ではない。泳いだように見えた視線の先で、別の捕虜が小さくうなずいた。
「……」
小さく詠唱する声は周囲の声に消され、ラーソルバールの耳には届かない。
「私は剣に懸けて、騎士として正々堂々と戦っています」
できればこのまま終わって欲しいと思うが、そうはいかないだろう。ラーソルバールは相手がどう動いても良いように、距離をとったまま答えた。その時だった。
ふわりとした薄い光の膜がいくつか重なるようにクロワルドを包んだ。
「甘いな、小娘ぇ!」
支援魔法による身体強化を得て勝利を確信したのか、クロワルドはラーソルバールを嘲るように笑みを浮かべた。
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