(三)己の剣に懸けて②
機先を制するように他の誰よりも先に叫んだのは、第八中隊長のリスファー・モレッザだった。
(あ……)
意外な人物の行動にラーソルバールも驚き、足を止めた。彼女が率先して動くような人物とは思っていなかっただけに、意表を突かれたと言ってもいい。
モレッザとは中隊長としての面識が有る程度で、個人的な会話などの接点は一切ない。むしろ以前、騎士団本部の食堂兼酒場で顔を合わせてから、彼女から幾度となく敵意を含んだような視線を向けられてきている。それだけに、ラーソルバールとしても彼女に対する苦手意識が若干生じつつあった。
そんなモレッザの視線が一瞬、自分に向けられた気がしてラーソルバールは僅かに身を強張らせた。
「随分と意識されているみたいだな」
ギリューネクがぼそりとつぶやいたのが聞こえ、ラーソルバールはため息をついた。
モレッザとしては何年も努力して得た地位であるにも関わらず、騎士学校卒業一年に満たない新人があっという間に追いたのだから、不快に思うのは当然だろう。それは理解しているつもりだが、過度に敵視されるというのも困る。
「全く嬉しくないですね……」
ラーソルバールはギリューネクに苦笑いで返した。
モレッザの制止の言葉から少し間を置いて、ゼストアの捕虜達は声のした方へと視線を向けた。
「あん? お前さんが我々の待遇を改善してくれるっていうのか?」
捕虜の一人が、眼光鋭く声の主であるモレッザを睨みつける。
「……いえ、皆さんの待遇は戦後交渉における捕虜取扱い規定からは一切逸脱するものではないはずです。ここで問題を起こされても、貴方がたに何も利するところは無いはずです」
臆することなくモレッザは言い返した。
「我々は、下級階層の者達とは違うのだ! 貴族なのだから扱いに差が有って然るべきではないか!」
「ですから、それは規定内だと……」
「ふん、帰国してから捕虜として不当な扱いを受けたと、我がヴィーバル伯爵家の名で国王陛下に報告すればどうなると思う?」
再び戦争を起こすとばかりに半ば脅迫するような言葉を投げかける。
捕虜達に下手に手を出すことが出来ないと分かっているためか、男はモレッザをあざ笑い挑発するように口端を吊り上げた。
「貴様……!」
モレッザは怒りのあまり衝動的に剣に手を掛けると、男達を睨みつけた。
「む……」
自ら動く訳にもいかず、ここまで黙って聞いていたグスタークは、聞き捨てならないとばかりに小さく声を漏らすと、半歩踏み出した。と、直後だった。
「おお、我らと剣を交えて屈服させるか? そうだ、お前の後ろに居る小娘も騎士なのだろうから、我ら三人程度は余裕だろう?」
ヴィーバル伯爵家を名乗る男はラーソルバールを指差し、鼻で笑った。
「え?」
突然自分に話を振られて、驚いたラーソルバールは思わず声を漏らす。慌てて周囲の中隊長達の表情を伺うが、モレッザを除き皆が何故か失笑しているか、安堵したような反応を示していた。
ただ、ラーソルバールの後ろに居た男は黙って居られなかった。
「貴公ら、ゼストアの貴族ともあろう者が、若い娘を相手に三人掛かりなどは恥を知らんのか!」
グスタークはヴァストールの騎士達の反応が示すところが掴めず、自国の者達を怒鳴りつけた。
「おお、グスターク閣下ではありませんか。これは我々の正当な立場を手にするための交渉であります。彼らが申し出を受けないというのであれば、そこで話は終わりですので、いささかの問題もありません」
「何を……」
グスタークが反論しかけたところで、ギリューネクが言葉を制止するように手を上げた。
「あー、別に構わんよ。たった三人でいいのか?」
「なに?」
意外な反応に、今度は捕虜達が驚いた。
優位に交渉を進めるはずが、何故か相手に主導権を握られるような状況になっているのではないか。苛立ちながらも、彼らは強気な姿勢を崩さなかった。
「ふざけるな、手枷を外せ! ベリスタン伯爵家の名に懸けて次男リガールが相手をしてやる」
「おう、ガットン子爵家次男マーロウも共に参ろう」
「……ヴィーバル伯爵家嫡子クロワルドだ。後悔するなよ!」
三人の貴族の子息たちが怒りのままに名乗りを上げたのを見て、状況的に断ることができなくなったラーソルバールは大きくため息をついた。
対してモレッザはこうなる展開は予想していなかったのだろう。表情を曇らせたままラーソルバールの動向を窺っている。
「……はい。では訓練用の模擬剣を四本用意してください……」
近くに居た騎士にそう依頼すると、自らの腰の剣を外してギリューネクに手渡す。
「煽った分の責任は取って下さい。負けても知りませんよ……」
口を尖らせ、元上司を恨みがましく睨んだ。
「恨むんならモレッザを恨めよ……。俺じゃないだろ? それにすぐに片付けば話が簡単でいいじゃないか」
ギリューネクは他人事のように答えた。
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