(四)剣に乗せた思い②

 ゼストアの捕虜達のため息と、ヴァストールの騎士達の歓声が混じり合う中、ラーソルバールは少々困ったように頭を掻いた。

「訓練よりもだいぶ手加減したつもりだったんだけどなぁ……」

 ぜストア貴族子息の三名は命に別状は無いものの、いずれも気を失っており周囲の者達が介抱にあたっている。

 ラーソルバールとしても反撃の意図を摘む必要が有るとはいえ、やりすぎないようにしたつもりだったのだが。

「お疲れ様……」

 背後からモレッザの声が聞こえた。

 労をねぎらうような言葉ではあるが、それは必ずしも好意的なものという訳ではないようで、彼女は幾つもの感情が入り混じったような苦々しい表情を浮かべていた。

「……これで収拾出来れば良いのですが」

 どう答えたものかと一瞬迷ったラーソルバールだったが、結局は差し障りの無い言葉しか出てこなかった。その不器用な回答に対し、モレッザが再び口を開こうとした時だった。

「ま、奴らの言った約束を盾にすればこっちは何とかなるだろうが、それよりこの後に待っている団長のお叱りの方は収拾がつくかは分からんな」

 歩み寄ってきたギリューネクの言葉に二人はハッとして我に返る。

「あ、いえ……。そこはモレッザ先輩にお任せしていますので……」

「え……? あ……!」

「では、私は役目を果たしましたのでこれで!」

 狼狽するモレッザを横目に、ラーソルバールは事態を誤魔化すように急いで模擬剣をギリューネクに渡すと、顔を伏せて二人の間をするりと逃げるように抜ける。そして数歩進んでからふと顔を上げたラーソルバールは、グスタークの視線が自らに注がれている事に気が付いた。

(グスターク卿……)

 彼が何を言わんとしているのか、ラーソルバールには推し量る事は出来ない。だが、敵意は感じられないものの、その視線には明らかに何らかの意思を感じる。もしかすると、此処に居るのが戦場で相対した相手だと気付いたという事だろうか。

 とはいえ彼の同胞を打ち倒した後だけに、どのような対応をして良いやら分からず、ラーソルバールは軽く苦笑いをした後、グスタークに会釈をするにとどめた。

 そんなラーソルバールに対し彼は拳を胸に当て、武骨に礼を返して見せる。それは約束は守らせるという意思表示とも受け取れるものだった。

 彼は将であるとともに、伯爵位をもつ貴族でもあると聞いている。ただ、その振る舞いが貴族というよりも武人寄りなのは、本人の気質によるものなのだろう。

 グスタークは近くに居た他の中隊長に何か話しかけたあと軽く礼をすると、ラーソルバールとすれ違うように捕虜達の方へと歩いて行った。

「いずれまた……」

 互いに振り返る事は無かったが、ラーソルバールにはすれ違う際にグスタークがそう言ったように聞こえた。


 貴族子息達による騒動は、約束を厳守させるというグスタークの取り成しもあって、無事に終息を迎えることとなる。

 また、この事態の収拾を待っていたかのように遅れて現れたランドルフは、事情を聴いたあと特に誰を咎める事も無くただ一言。「報告書をまとめておくように」とだけ、モレッザに厳命するとさっさと引き上げて行った。

 怒鳴られるかと肝を冷やしていた面々は、ランドルフの意外な反応に驚きつつもほっと胸を撫で下ろしたのだった。ただひとり、モレッザを除いて。


 この後は大きな問題も無く、第二騎士団と捕虜達は予定通りにベスカータ砦に到着することができた。

「こんなに早く、またここに戻って来るとは思っていなかったなぁ……」

 ラーソルバールは感傷に浸るように、砦の防壁を見上げた。

 修復工事が始まっているが、まだ防壁の至る所に先日の戦いの傷跡が未だ生々しく残っており、門の付近には焼け焦げた跡も見受けられる。血痕は雨で流されたとはいえ、その戦いがいかに凄惨であったかを思い出させるには十分だった。

「両軍とも、嫌な記憶がこれ以上積み重ねられないようにして欲しいですね……」

 門を見上げながら、馬首を並べていたシェラがつぶやいた。彼女は二人だけの場合以外は、上下を弁えた言葉遣いに変えている。

「今回の条約締結でしばらくはそういった争いも起きない……と、信じたいところだけど」

 今回の捕虜返還の引き換えとして、レンドバール王国のリファールのようにゼストア王国からも、第一王女が事実上の人質としてやってくることが決まっている。

 リファールの時とは違い、今回は戦争の抑止になるような人選が行われているが、それでも確実とは言えない。過去の歴史を紐解けば、こうした人質は捨て駒のように扱われる事が多く、戦争抑止など気休めでしかないと分かる。

 ラーソルバールは小さくない不安を抱えつつも、シェラに微笑んで見せた。


 第二騎士団は捕虜護送という任を全うし、あとは引き渡し相手のゼストア王国の一団が到着するのを待つだけ。そんな状況でのことだった。

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