(二)戦士の背中②
翌日のことである。
休暇が明け、騎士団本部へと出勤して間もなくラーソルバールは「第二騎士団がベスカータ砦に派遣されるらしい」という噂を耳にした。
真実であれば、対ゼストア王国の為の常駐だろうと推察できるが、戦後交渉も順調に終わったと聞いている状況で相手を刺激するような事をするだろうか、という疑問が先に立つ。
噂の真偽も分からぬまま定例の訓練をしていた時だった。
「第二騎士団、中隊長以上の者は本部の会議室に集合してください」
魔法による拡声音声が訓練場に響いた。
例の件だろうかと剣を止めてルガートらに後を託すと、ラーソルバールは訓練用の防具を身に着けたまま会議室へと急いだ。
目的の会議室前までやってくると、数名の騎士が入り口で立ち止まっているのが見えた。
ラーソルバールが何事だろうかと首を傾げると、それに気付いた彼らは中を見てみろというように室内を指差す。促されるままに少し開いた扉の間から中を覗くと、そこには憮然とした表情を隠そうともせず、どっかりと椅子に腰を下ろすランドルフの姿があった。
「……何だい、うちの親分は随分機嫌が悪そうだな」
背後の声に驚いて振り返れば、そこにはギリューネクが苦笑いを浮かべて立っていた。
「聞こえますよ……。まあ、あまり良い話では無いということでしょうね」
「だろうな……。ベスカータ砦行きなんて噂もあるしな」
同じような噂を耳にしていたのだろう。ギリューネクは口元を歪めた。
「でも、ここでこうしていても始まりませんから……」
周囲の様子を見て一つ大きなため息をつくと、ラーソルバールは扉を大きく開けた。
「ラーソルバール・ミルエルシ一月官入ります!」
ランドルフと副官しか居なかった室内にラーソルバールの声が響く。
その声に反応するように、ランドルフは首を回してギロリと睨むように視線を向けた。
「おう、さっさと入ってくれ」
表情は変えないが、不機嫌さを理由に部下にあたるような事はしない。そして部屋の外でもたついていた部下達に気付いていたのだろうが、それを責める事もない。
ランドルフは人格者という訳ではないが、その辺りは上に立つ人間としての資質を備えていると言って良かった。
ラーソルバールらが入室してから暫しの後。
欠席者は居たようだが、ある程度の人数が揃ったところで、合図代わりにランドルフはひとつ大きく咳払いをしてみせた。
「今回、我が第二騎士団に命令が下ったので皆に集まってもらった。その内容を簡潔に言う。『明後日、第二騎士団はゼストア王国の捕虜達引き渡しのためベスカータ砦へと向かうように』との事だった。各々部下にこの旨を伝え、支度を整えておくように」
ランドルフの言葉が終わるのを待って、ボッファー三月官が手を上げ立ち上がる。
「……よろしいですか?」
「あん?」
ランドルフは片眉を吊り上げると、目だけを動かしボッファーの顔を見やった。
「捕虜の護送、つまり道中の反抗や、引き渡し時の非常時に備えた派遣だというのは分かりますが……、何故団長はそのように不機嫌そうにしておられるのですか?」
ボッファーは第二騎士団における事務方のトップであり、ランドルフに対しても歯に衣着せぬ物言いをする人物である。誰もが思っていても口に出さなかった事を、さらりと言ってのけた。
「あん? 捕虜連中の大半は貴族だ。武人として在り方を弁えている奴ならいいが、そうでない奴が少なからずいる。どうせ待遇がどうだとか面倒な事を言い出す輩が居るに決まっている。厄介事が起きる事しか想像できん」
不愉快そうにそう言うと、ランドルフはフンと勢いよく鼻を鳴らした。
「仰ること、もっともです……。どうせその辺の問題事は事務方に回って来るのですから、心して当たらせて頂きます」
苦笑しながら大きくうなずくと、ボッファーは再び椅子に腰を下ろした。
(なるほど、意外に厄介な任務かも知れない……)
戦後交渉がまとまった結果だろうと思うが、捕虜を引き渡した直後に奇襲を受けないとも限らない。不安要素の多い任務になるというのを覚悟して臨むしかない。
それに加えて護送するのは、一度は剣を交えた相手。ラーソルバールも聖人君子ではないだけに、仲間の命を奪った者達に対して思うところが無い訳ではない。
王都から離れたいとは願ったものの、このような形になるとはラーソルバールも想像していなかった。
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