(二)戦士の背中③

 そして捕虜返還のため、ラーソルバールら第二騎士団が王都を発つ日のこと。

 第一、第二騎士団監視の下、ゼストア王国の捕虜達は黙々と歩き馬車へと移動する。もう数日すれば帰国できると分かっているためか、殆どの者達の表情に暗さは無い。

 だが、そんな中にあって苦渋に満ちた表情を浮かべる男が一人。

「国に帰ったところで生き恥を晒すだけだというのに……」

 グスタークは周囲の者達を侮蔑するような目を向けながら、小さくつぶやいた。

 ただ促されるままに帰国するという事に疑問が湧く。さりとて手枷をはめられ武器も持たぬ身で何ができるだろうか。いや、戦後交渉も落ち着き帰国する段になって無為に抵抗したところで、誰にも益は無い。そんな葛藤を抱えつつ、歩を進める。


 ふと視線を上げた時だった。監視する騎士達の中で周囲に指示を出す、小柄な金髪の騎士が視界に入った。

(あれは……?)

 戦場の記憶が瞬間蘇る。

 記憶を手繰り寄せれば、確かに戦場で剣を交えた相手も後ろで束ねた金色の髪を躍らせていた。その姿と重ねあわせると、あの背格好も一致するような気がするのだが……。

 良く見れば、若い娘ではないか。

「グスターク卿……。彼女が何か?」

 後ろを歩いていた同じ捕虜のひとりが小さく尋ねた。

「いや……。何でもない」

 誤魔化すように素っ気なく答え、グスタークは視線を前へと向ける。

「恐らく彼女がエイルディアの聖女と呼ばれている、ミルエルシ男爵ではないかと」

「ふむ……あの若さだ。爵位は受け継いだのだろうか、聖女などとはまた大した呼称ではないか……。そんな呼び名に値する人物なのか?」

 それが自分を打ち倒した相手だとは知らず、グスタークは訝しげに眉を寄せると、視界の端に再び金髪の騎士を映した。

「私の担当をしていた官吏が、彼女を自国の英雄でありヴァストールの未来を背負う人物だと自慢しておりましてな……。美麗で才覚に溢れ、武にも優れるとか。まあ、少なからず贔屓目もあるでしょうから、言葉をそのまま鵜呑みにはできませんが」

 もしその話が正しいとすれば、彼女が戦場で剣を交えた相手と見て間違いない。心の中に様々な思いが渦巻くの感じ、グスタークはぎゅっと拳を握りしめた。


 対するラーソルバールも、捕虜の中で一際体格の良い男に気付いていた。

(あれはグスターク将軍?)

 戦場で剣を交えた時にはその素顔を見る事は出来なかったが、彼が捕虜として収容されたあと、遠巻きにその姿を見る機会があったので僅かながらに記憶している。

 彼だけが帰国が決まり浮かれた様子の他の捕虜と比べ、ひとり重い表情のまま順番を守りながら歩を進めている。その折に一瞬、相手と視線が絡んだかと思った直後。

「中隊長、向こうで捕虜が接触転倒して負傷したということで、ルガート隊長は誘導、ビスカーラが治療にあたっています」

 報告に来たドゥーを見やると、小さくうなずいて返す。

「有難うございます。では、治療が終わり次第、所定の馬車に誘導するように伝えて下さい」

「分かりました!」

 駆けていくドゥーの背を見送りつつ、些細な問題で良かったと安堵しながら小さく吐息を漏らす。

 そして捕虜に視線を戻すと、まさにグスタークが通り過ぎるところだった。

(見た感じは、うちの団長といい勝負かな……)

 鎧を着こんでいた時には分からなかったが、季節外れのやや薄手の服装からは見事な筋肉が見て取れる。

 立派な体躯を備えた正に戦人いくさびとと呼ぶに相応しい人物だと、思わず感嘆する。と同時に、深手を負った状態だったとはいえ、よくもあのような相手と戦いながら、無事でいられたものだと今更ながらに背筋が寒くなるのを覚えた。

「ひとりだけ、雰囲気が違うね……」

 後ろでシェラがつぶやいた。

「うん……。あの人が多分、グスターク将軍だと思う。纏う空気が違うのは敗軍の将という立場だから、なのかな? それとも責任感かな。帰国が嬉しいとは微塵も思っていない様子だけど……」

「多くの兵を死なせたという罪悪感、みたいなものを抱えているのかな?」

「そうだね……。だからこそ、死んでいった人たちに恥じる事の無いよう、毅然としているのかもしれないね……」

 ラーソルバールはそう言うと、グスタークを視線で追うのを止め、他の捕虜達へと向けた。

 その後間もなく、グスタークらを乗せた馬車は第二騎士団警備のもと、王都エイルディアを発つことになる。


 先のゼストア軍の襲来の際には、戦に備える為に急いだベスカータ砦への行程だったが、今回は捕虜引渡しの日から逆算して余裕を持って丸三日かけての移動となる。

 とはいえ、道中は捕虜を連れて近隣の村や街に宿泊するという訳にもいかない。当初の予定通り夜は野営と決まっていたのだが、おかげで別の問題が発生する事となった。

 事前にランドルフが危惧していたように、ゼストア軍捕虜の貴族達の不満が噴出したのである。


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