(四)第二王子と嫉妬の視線②
果たしてウォルスターの言う「ちょっとした理由」とは何なのか、ラーソルバールに分かるはずもない。だが、恐らく彼との付き合いが長いであろうサンラッドは、何やら得心がいったというように笑みを浮かべてうなずいた。
そして、ふと何かを思い出したように、ラーソルバールに向き直った。
「ああ、そうだ。先程は慌ただしさの中で、挨拶をしておらず申し訳なかった。私はサンラッド・エイドワーズ。貴女の噂は私も良く耳にしていますよ」
「それは、お耳汚しでございました……。私はラーソルバール・ミルエルシと申します。よろしくお願い致します」
相手は公爵家の令息であり、王弟の子ということで王位継承権を有している人物。礼儀を失する事の無いようにと、丁寧に頭を下げた。
「貴女はあの堅物のエラゼルや、色々と面倒なファルデリアナと上手くやっているようだと聞いていたが、本当だったようで少し驚いています」
「おや、聞き捨てならないお言葉ですね。面倒とは何です?」
サンラッドの言葉が気に入らなかったようで、ファルデリアナが食って掛かる。
「ふふ……ファルデリアナ様は面倒な方ではないですし、エラゼルも堅物ではありませんよ」
ラーソルバールの言葉を受けて、ファルデリアナはほらみろと言わんばかりに笑みを浮かべると胸を張った。
扱いやすい訳ではないが、彼女のこういう部分は素直で分かりやすいと思う。
「そう……かな……?」
苦笑するサンラッドの意識がファルデリアナに向いたところで、ラーソルバールは少しこの場を離れようかと考えた。
「すみません、私は少々飲み物を取りに行って参ります」
口実では無く、実際に手元にあったグラスの中は空になっており、喉が渇いていたからでもある。ラーソルバールは三人に会釈をすると、そそくさと逃げるように場を離れた。
それにしても、シェラが戻って来ないのはどういう事だろうかと思っていたのだが、騎士学校の同期達と遠くから手を振る姿が見えた。サンラッドが現れた事で、嫉妬の視線に晒されるのを回避するため戻るのをあきらめたのだろう。
ラーソルバールは手を振り返し、小さくため息をついた。
「彼女の悪い噂も色々とあるようですが、実際のところはどうなんですか?」
ラーソルバールが居なくなったところで、サンラッドが疑問を口にした。
「……どう、も何も。そんな人間にエラゼルが懐くと思うか?」
「あ……、いえ」
幼い頃からのエラゼルの性格を知っているので、ウォルスターの言葉は十分に答えになるものだった。興味本位で聞いたものの、反論のしようの無い答えにサンラッドは言葉に窮した。
「うちの大臣たちも無能ではないし、婚約者候補の中で二番手にする人物くらいはちゃんと見ているさ。他人の噂などに惑わされるなよ?」
「あら、評価はともかくウォルスター殿下個人がどのように思われているのか、仰らないのはずるいのではありませんか?」
ファルデリアナがそう言ってにやりと笑った。
「そうか? ファルデリアナを含め私が兄上の婚約者補について他人に言える立場ではないということだ」
ウォルスターはそう答えると、ふいと視線を外した。
同じ頃。
飲み物の置いてある壁際のテーブル近くまでやってきたラーソルバールは、背後から寄ってくる気配に足を止めた。
「そこの貴女!」
強い口調で発せられた言葉には、少なからず敵意が有るように感じられた。
名は呼ばれていないが、恐らくは自分の事だろうと思いラーソルバールは振り返る。
「私でしょうか?」
見れば数人の令嬢が険しい目つきでこちらを見ている。面倒事だろうと分かってはいるが、なるべく相手を刺激する事の無いようにと笑顔で答えた。
「貴女に決まっております! 何ですの、下級貴族の娘ごときがウォルスター殿下やサンラッド様とと親しげに話すなど、許される事ではありませんわ。もう少し身分を弁えたらいかがかしら?」
物言いからするに伯爵家以上なのだろうと推察するが、社交界に疎いラーソルバールは、自分を取り囲む令嬢達が何処の家の誰なのかさえも分からない。
「はあ、そう仰られましても……」
自ら望んであの二人と一緒に居た訳ではない。そう言い訳をしたところで、彼女たちが「はいそうですか」と引き下がってくれるとも思えない。どう答えたものかと思案しつつ、言葉を濁した。
「その態度、何も分かっておりませんわね。貴女は一切、あの御二方に近づかないようになさいと言っているのですわ!」
「いえ……。それは私の立場上、無理ではないかと思います」
何も分かっていないのは相手の方ではないか。
エラゼルが正式に王太子妃となるまで、ラーソルバールも婚約者補という立場が継続する。となれば、今日に限らず何かしら接点が出て来るのは間違いない。安易に分かりましたと答える訳にはいかなかった。
「何を揉めておいでですか?」
会場の警備にあたっていた近衛が駆け寄ってきたが、令嬢たちは意に介さない。
「身分違いを解さないばかりか、その無礼な態度。許せませんわ!」
苛立ちをぶつけるように、令嬢の一人が手にしていた何かをラーソルバールへと投げつけた。
だが至近とはいえ、そこは現役の騎士。貴族の娘が投げた物を避けるなど造作の無い事だった。
ラーソルバールが上半身をわずかに動かすと投擲物は脇をすり抜け、テーブル奥の壁に当たり、そして……大きく爆ぜた。
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