(四)第二王子と嫉妬の視線①

(四)


 会場の歓談も時間経過に伴って酒が進んだためか、かなり賑やかになってきている。

 誰もが口が滑らかになる頃合いで、皆が積極的に他家との交流を行う中にあって、ウォルスターは居心地が良いのかラーソルバール達の近くから離れる様子もない。

 本来であれば王子である彼の立場では、こうした場でしかできないような貴族達との話し合いなどもあるはず。ところがファルデリアナと二人で何やら過去の話で盛り上がっている。

 運悪く相棒のシェラは丁度飲み物と軽食を取りに行っており、父は剣の師として王太子に祝いの言葉を述べるためにこの場を離れているため話し相手が居ない。

 時折ウォルスターから視線が来るのだが、ラーソルバールとしては知りもしない話に混ざる気にはなれない。おかげで少々暇を持て余し気味なのだが、どこかに行く訳にもいかず適度に相槌を打って誤魔化している。


 取り残された感のあるラーソルバールは、少し周囲の声に耳を傾ける事にした。

 アストネアの虚言に惑わされた人は居ないか、先程の一件を遠巻きで見ていた人々は何を思ったのか。そして、皆がエラゼルをどう見ているのだろうかと気になっていたからでもある。

「……王太子殿下とエラゼル嬢に挨拶をしてきたが、エラゼル嬢は本当に美しい。実際に話してみると、以前噂されていたような刺々しさなど無く、優雅で見事な所作で文句の付けどころ無い立ち居振る舞いをしていたな……」

「……彼女の悪い噂など、誰かのやっかみに過ぎないのではないか?」

「……あんな素晴らしい令嬢なら、噂に惑わされず我が息子の嫁にと申し出ておけば良かった……」

 王太子の婚約者としてどうかというより、エラゼルを個人を褒めるような会話がそこかしこから聞こえてきたので、ラーソルバールは安堵の吐息を漏らした。


 ほっとして周囲を見回せば、その視線に気付いたのかジャハネートが少し離れた場所から笑顔で手を振ってみせた。近くにはランドルフやサンドワーズ、シジャードらといった騎士団長の姿も有る。

 ラーソルバールは彼らにしか分からないように、小さく会釈を返す。

 騎士団長達はそれぞれ爵位を持っていたり、貴族の子息で有ったりとこの会に招待されている。加えて軍を率いる事も有る騎士団長達と、爵位があるとはいえ一介の士官に過ぎない者とが気安い関係だと変に勘繰られるのも困るので、ラーソルバールとしてはあえてこの場での接触する事を避けていた。

 彼らもそれは弁えていたようだし、何より本質は武人である。婚約者補に接触することを含め、政治的に邪推を招きかねない行為を避けていたのかもしれない。

 ラーソルバールとしては、個人的にも接点のあるジャハネートやシジャードらとも話せない事が、寂しくないと言えば嘘になるが。


 騎士団長達から視線をずらせば、他の令嬢達から嫉妬のような視線が投げ掛けられている事に気付く。王子と一緒に居る事で恨みを買っているのだろうが、どうしたものかと思いつつファルデリアナの様子を伺えば、気にするなというような身振りで返された。

 王太子の婚約者が決まってしまった以上は、王族との繋がりが欲しい人々が王位継承権第二位のウォルスターの妃の座を狙うというのは当然の事だろう。

 彼は悪戯っぽいところがあるが、性格が悪い訳ではないし見目も良いので、人気が有るのも理解できる。だが、ラーソルバール自身にその気がある訳でもないのに妬まれたりするのは、どうにも納得がいかない。

 ため息をつこうとしたところで、後ろに人の気配を感じて振り返った。

「やあ、ファルデリアナ。ここに居たのか」

 悪い事は重なるもの。後ろから現れたのはサンラッドだった。


 呼びかけられたファルデリアナは彼の姿を見ると、一瞬だけ苦笑いを浮かべた。

「どうされました? 私の随伴のお役目は終わりましたでしょう? 殿下だけでなくサンラッド様までご一緒となりますと、他家の令嬢達の視線が一層厳しくなりますわ」

 皮肉を込めたようなファルデリアナの言葉は、ラーソルバールの思いをそのまま代弁したかのようなものだった。

「いやいや……。そういう令嬢の相手をするのに疲れて逃げてきたのだから、邪険にしないで欲しいな」

 疲れ果てたような顔をしながら愚痴るサンラッドを見て、ウォルスターは思わず失笑を漏らす。

「ぷっ……。相当やられたみたいだな」

「ここで面倒事から逃げている殿下に私を笑う資格は有りませんよ」

 サンラッドは笑われて拗ねたような表情を浮かべた。それはウォルスターやファルデリアナの前だからなのかもしれない。

「おいおい、まるで私が厄介事から逃げる為にここに居るかのようじゃないか」

「違うのですか?」

「いやいや、ちょっとした理由があってな」

 そう含みを持たせるように言うと、ウォルスターはにやりと笑った。

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