(四)第二王子と嫉妬の視線③

 爆発に巻き込まれた者こそ居なかったものの、衝撃で損壊した食器やグラスの破片が爆風に乗って周囲に飛び散り、鋭利な刃物となって周囲の人々に襲い掛かった。

 普段であれば瞬時に展開できる魔法で身を守ることが出来た者も多かっただろう。だが、不幸にも会場は魔法の行使が制限されており、飛散する物に対して人々は無防備だった。

「キャァ!」

「何が……!」

 悲鳴が連鎖する。勢いのままに破片が衣服を貫き突き刺さり、刃のように人々の皮膚を切り裂いた。


 サンラッドとの会話中、爆発音と悲鳴を聞きつけたウォルスターは咄嗟に音のした方へと視線をやる。確かその方向には、飲食物が置かれたテーブルがあったはず。

「しまった!」

 ウォルスターは愕然とした。ラーソルバールを害そうとする何やらよくない動きが有る、という報告を受けていた。

 たかが男爵位の娘ではなく、今やこの国にとって重要な人物でもある彼女の身の安全を図るためには、誰も手出しのできない王子という存在が近くに居れば良いはず、とメッサーハイト公爵と示し合わせていた。にもかかわらず、隙を突かれるとは何という失態か。自嘲しながらウォルスターは慌てて駆け出した。


 爆発に咄嗟に身を屈めたラーソルバールも、無傷という訳にはいかなかった。

「痛っ……」

 食器の破片が頬と腕の数か所を切り裂いたようで、傷口から血が流れだしている。それでも、先程間に割って入ろうとしていた近衛兵が後ろに回り込んでくれたおかげで、大きな怪我をせずに済んだのは幸いだった。

「あの……大丈夫ですか?」

 背後に向いて声を掛けると、青年近衛兵は少し屈んでから照れくさそうに手を差し出した。

「大丈夫です。制服には防護用に厚手の革が張り合わせてありますから大した事はありません。それより、お怪我をされてしまったようで……お守りできず申し訳ありません……」

 申し訳なさそうにする彼も、露出していた額や手首からの出血が見受けられる。

「いえ、有難うございます。おかげで助かりました。私はこの程度であれば問題ありません。戦場に比べれば大したことは無いですよ」

 彼の手を取り立ち上がると、心配そうな青年を安心させるためラーソルバールはにこりと微笑んで見せた。


「何事ですかっ!」

 騒ぎを聞きつけて、近衛兵が数名駆け寄ってきた。

「小隊長……。今ここで爆発が有りまして……」

 流血もお構いなしに、青年近衛兵は上司に敬礼をする。

「確かにそのように見えたが、どういう事か?」

「いえ、その……」

 歯切れの悪い部下の返答に近衛の小隊長は眉間にしわを寄せ、尋ねる相手を変えた。

「ご令嬢達は、何かご存知か?」

「え……」

 先程までラーソルバールに詰め寄っていた威勢は何処へ行ったのか。娘たちは驚いて腰を抜かしたようで、呆然としたまま座り込み立ち上がろうとしない。自分達が投げた物が爆発物だと知らなかったとでもいうのだろうか。

「あ……あの娘が持っていた物が、爆発を……」

 責任を押し付けるように、令嬢たちのひとりがラーソルバールを指さした。

「それは本当かね? ……っ!」

 小隊長の眼差しがラーソルバールに向けられるが、その姿を見て驚いたような表情を見せた。王太子の婚約者補として紹介された人物ではないか、と。

「はぁ……」

 何故自分がそんな事をする必要があるのか。ラーソルバールは呆れたようにため息をつくと、首を横に振った。

「……嘘では有りませんっ! 男爵家程度の小娘と伯爵家の娘である私が言う事とどちらが正しいとお思いですか?」

 爆発物を投げた張本人はやったのは自分ではないと言い張り、ラーソルバールを睨みつけた。身分の違いでどうにでもできると信じて疑わないのだろう。

 そんな娘たちの横に静かに歩み寄る影がひとつ。

「ふん……。そいつがそんな事をして何の利があるというのか?」

 そう言った男は、座ったまま虚勢を張る令嬢を見下ろした。

「脇から横目で見ていたが、爆発物を投げたのはここに座っている嘘つき女だ。そいつじゃない」

「……グレイズ……」

 意外な人物の意外な言葉にラーソルバールは驚いた。

「嘘つ……! ……ヴァンシュタイン侯爵……!」

 令嬢達は彼の顔に見覚えが有ったのだろう。何を言わんとしたのか、驚いたような顔のまま言葉を失った。

 先頃、父が死去して正式に侯爵家を継いだグレイズ。ある意味ラーソルバールにとっての因縁の相手が、ここで助け舟を出してくるとは思いもしなかった。

「それと……お前たちは勘違いしているようだが、そいつはただの男爵令嬢じゃなく、本人が男爵位を持っている。たかが令嬢が有爵者に対して無礼だぞ」

 吐き捨てるように言うと、令嬢達に冷たい目を向けた。

「ひっ……!」

 令嬢達は震えあがり、青ざめた顔のまま観念したように力無くうつむいた。


 ウォルスターが野次馬のような人垣をかき分けながらラーソルバールのもとにやって来たのは、令嬢達が近衛兵に連れて行かれる時だった。

「有難うグレイズ……。いえ、ヴァンシュタイン候……」

「フン、ああいう自分のしたことが見えていない屑のような奴らが嫌いなだけだ。お前も余計な事で足を引っ張られるな……」

 グレイズは後ろを見ろというように指で合図を送ると、ラーソルバールに背を向けた。

「ん?」

 ラーソルバールが振り向くと、そこには色々な感情が入り混じったような表情をしたウォルスターが立っていた。

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