(一)望まぬ晴れ舞台③
扉を抜けると、会場の人々の拍手と熱気が六人を迎えた。
王太子らの登場だけに不用意な歓声は控えられており、吐息や囁き声も楽隊の奏でる曲に掻き消され耳へは届かない。だが、人々の声が聞こえない分だけ、彼らの視線が刺さるのを感じずにはいられない。
エラゼルに向けられる貴族の視線は好意的ではあるが、令嬢たちの視線はやや異なる。嫉妬を含む冷ややかなものと、羨望や憧れといった両極なものが入り混じっているが、王太子の婚約者という立場からすれば至極当然と言えた。
また、この日の主役はエラゼルではあるが、少なからずラーソルバールに向けられている視線もある。そのほとんどが「あれが英雄扱いされている娘か」という好奇や品定めの目。その中にあって明らかに敵意を感じられるものもある。ミランデール子爵である。
結局、この日までにミランデール家三男の養子受け入れをミルエルシ家側が了承することは無く、度重なる要求を跳ね除けられた子爵は面目を潰されたとばかりに憤慨し、両家の間に大きな亀裂を残す形となっている。その怒りの矛先がラーソルバールにも向けられるのは無理からぬ事だろう。
王子の隣で笑顔を崩す訳にもいかず、心の中で大きなため息をついて視線を外した時だった。ラーソルバールに対し、殺気に近い気配を交えた視線を送っている見知らぬ壮年の男に気付いた。
遠目であり面識が無い人物なので分からないが、自意識過剰でなければ殺気の向けどころは自分で間違いないだろうと感じる。
そもそもラーソルバール自身、恨みを持たれる相手は少なくないと自認している。
カレルロッサ動乱に関与した貴族や、男爵家の娘が爵位を得たことに対する嫉妬や怒りなどがそれに該当するが、向けて来る怒りの熱量を考えれば思い当たるのは一人しかいない。
(もしかして、あれがベッセンダーク伯爵……?)
伯爵が事件の処分に納得していないとは聞いていたが、自身の行いを顧みる事無く恨みを募らせているという事なのだろうか。
城内は警備も厳重であり身の危険を感じる事も無いが、先々の事を思えば憂鬱にもなる。
「どうかしたのか?」
何かを感じ取ったのか、ウォルスターがラーソルバールにしか聞こえない程度の声で問いかけた。
「いえ、何でもありません……」
ここで下手な事を言って、事態をややこしくする訳にもいかない。王子に余計な気を使わせた事を反省しつつ、ラーソルバールは笑顔を作って答えた。
「たとえ歓迎するような表情をしていても、腹に何かを隠している者は少なく無い。分かりやすく敵意を剥き出しにしてくれた方が、対処のしようもあるので有難いというものだ」
ウォルスターはそう言って少しだけ苦笑いを浮かべた。
彼は果たしてベッセンダーク伯爵の事に気付いたのか。問いかける前に六人は会場の一段上、王と王妃の居る場所へと至った。
中央に立ったオーディエルトとエラゼルを挟むように国王夫妻が並び、その脇の左右にラーソルバールとファルデリアナらが一歩下がる形で足を止める。ここで役目を終えたウォルスターとサンラッドの同伴者二人は、会釈してから手を離すと少し離れた場所へと下がっていった。
(取り残されたなぁ……)
望まぬ形で連れてこられた場だけに、支えになってくれていた存在が居なくなりラーソルバールはやや寂寥感を覚えた。
全員が揃ったところで国王が右手を挙げると、音楽が鳴り止み会場は静けさに包まれた。
「まずは此度は皆が王太子オーディエルトの婚約披露の場へ集ってくれた事に感謝したい。そして、ここに王太子の婚約者にエラゼル・オシ・デラネトゥス嬢が決定したことに加え、来年のこの時期に二人の婚儀を行う事を宣言する」
言葉の後に会場からは二人を祝う大きな拍手と歓声があがった。
ここで後ろに控えていた宰相メッサーハイト公爵が一歩進み出ると、余韻を残しつつも再び会場は静まっていく。頃合いを見計らうと、宰相は会場を制するようにひとつ咳払いをした。
「次に、左右に控えますラーソルバール・ミルエルシ嬢、ファルデリアナ・ラシェ・コルドオール嬢に、不測の事態に備えるため婚約者補として残って頂きました。王太子殿下の婚儀が成されるまでは、お二人への婚約のお申し出は控えて頂きたい……ところですが、お二人の未来を思えば制限は出来ません。ですので、王家からのお願いという形になりますかな……?」
宰相は最後ににやりと笑い、同意を求めるように国王に視線を送る。と、予め決まっていたかのように、国王夫妻は黙ってうなずいた。
ラーソルバールは背負わされた役目に「やれやれ」と内心苦笑いしつつ、視界の端に映るエラゼルの横顔を見た。
彼女は今、どんな顔をしているのだろうか。泣いているのか、微笑んでいるのか、それとも惑うこと無く気高く凛とした表情をしているのか。
王太子の向こうで少しだけ優しく微笑むような頬が見え、沈んでいたラーソルバールの心に暖かい風が駆け抜けた。
「ああ……。おめでとう、エラゼル……」
誰にも気付かれないよう、そう小さくつぶやいた。
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