(一)望まぬ晴れ舞台②
思いがけない言葉に、ラーソルバールは苦笑いを浮かべた。
剣を振るう戦場ではないが、この会にはある意味命が掛かっていると言っていい。
下手をすれば、ラーソルバールを敵視する者に付け入る隙を与える事にもなり、場合によっては親しい人々に迷惑を掛けてしまうのではないか、という怖さも有る。
それでも、折れそうな気持を励まそうとしてくれる、ウォルスターの優しさは疑うまでもない。
「戦場と思うには少々無理が有ります……。ですが、殿下のお気遣い身に沁みまして御座います。おかげで少し気が楽になりました……」
「そうか。私も堅苦しいのは嫌いだから、今日は気楽にやろうではないか」
嬉しそうに笑ったウォルスターの横顔が、かつてエラゼルの誕生会で見た悪戯っぽい表情と重なる。
「はい、殿下のご期待に沿えるように致します」
ふと懐かしさに頬を緩ませつつ、ラーソルバールは小さく頭を下げた。
会場への廊下を歩いていると、以前から気になっていた事が頭をもたげてきた。
「殿下、質問が有るのですがよろしいでしょうか……」
「ん? 何だ?」
「あの……。殿下が私の同伴をして下さっている訳ですが、ファルデリアナ様のお相手はどなたがお務めになられるのでしょうか?」
ラーソルバールに第二王子がつくということは、もう一人も当然王家に連なる者ということになる。だが現王の息子はオーディエルトと、ウォルスターの二人。オリアネーテ姫はいるが、同伴役にはなれないだろう。
「ああ、彼女の相手はサンラッド……エイドワーズ公爵家の長男が務める事になっている。ラーソルバール嬢は彼に会ったことは有るか?」
サンラッドはエイドワーズ家を継いだ王弟の息子、つまりはウォルスターらの従兄弟にあたる人物ということになる。
騎士学校時代に女子生徒達が彼の話をしていたのを何度か聞いた記憶が有るが、ラーソルバール自身はさして興味を持ってはいなかった。
「いえ、直接お会いしたことは御座いません。華のある貴公子のような方だという噂を耳にした程度です」
「ふむ……。私よりサンラッドの方が良かったか?」
やや拗ねたような顔をしたウォルスターを見て、思わず笑いが込み上げる。
「いえいえ、滅相も無い……」
「では、そういう事にしておいてやろう……」
そんなラーソルバールの表情に安堵したように、ウォルスターは口元を隠しつつ小さく頷いた。
長い廊下を歩き会場入口までやってくると、既にエラゼルとオーディエルトが出番を待つように椅子に腰を下ろしていた。
エラゼルはやや緊張した面持ちをしていたものの、歩み寄ってくるラーソルバールに気付くと、笑顔を弾ませた。だが、隣に王太子がいるため普段のようにはいかず、黙って小さく手を振るにとどめた。
「兄上、早いですね」
「特段、早いという事も無い」
「そんなに張り切らなくても、二人が不在なら我々が代役を努めますよ」
ウォルスターはにやりと笑って、ちらりとラーソルバールの顔を見る。
ラーソルバールは一瞬だけ顔をひきつらせながら「恐ろしい事を言わないでください! 冗談でもそんな代役は絶対に引き受けません!」という言葉が喉まで出かかったところをぐっと堪えると、黙って苦笑で返す。そんな一瞬の仕草だけでラーソルバールの思考が分かったのか、エラゼルは顔を伏せて笑いを押し殺しつつ肩を震わせた。
この後すぐにファルデリアナがサンラッドと共に現れると、間もなく会場からは音楽が聞こえ始め、主役の登場を促すように会場の扉が開かれた。
同時に会場からは拍手と歓声が響く。
「さあ、参ろうか」
オーディエルトが差し出した手に、エラゼルは優しく自らの手を添える。
彼女が一歩踏み出すと、純白のドレスがふわりと踊る。そして袖口や裾などを金糸と銀糸、細かな宝石で施した装飾が光をはらんで輝く。
「先に行くぞ。ラーソルバール」
すれ違いざま囁くように告げると、ドレスに負けない豪奢な金色の髪がラーソルバールの視界で揺れた。
ふと、幼年学校の剣術大会で共に決勝の場に向かった時の記憶が蘇る。歓声の中で二人で初めて並んで歩いたあの日。今と同じように彼女の顔は決意に満ちていた。
だが、その先にあるのはきっと泣き顔に違いない。騎士学校で行われた武技大会後のエラゼルの泣き顔を思い出し、視界が僅かに滲んだ。
「あれ、嬉しいのに涙が……」
ぼそりとつぶやいたところで、何かに優しく背中を押された。
「さあ、我々も行くぞ」
背中を押したのはウォルスターの手。
ラーソルバールは少々驚いたものの、隣に立つウォルスターの顔を見てから無言でうなずくと、そっと彼の腕に触れた。
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