第四十九章 絡み合う糸

(一)望まぬ晴れ舞台①

(一)


 十月を迎え、婚約発表から二か月以上が経過した十月九日。予定通り、王城で国内の貴族を集めた王太子婚約の宴を開催することとなった。

 来賓として、シルネラ共和国、ナッセンブローグ王国、レンドバール王国といった隣国および、友好国であるリヴリアール王国、セルドニア聖国などの大使が列席する事が事前に発表されている。

 エラゼルの姉ルベーゼの婚約者という立場から、リファールも出席を検討したものの、レンドバールの国内事情や二度も侵攻を行った国の王子という立場から、断念せざるを得なかった。


 城に到着するなり専用の控室に通されたラーソルバール。一緒に登城した父は先に会場入りすることとなったのだが、それには理由が有る。

「はぁ……」

 ラーソルバールは重苦しい表情で大きなため息をついた。同伴していたエレノールはその様子を見て、誰はばかることなく苦笑いを浮かべる。

「お嬢様は美しく、今日は誰もが羨望の眼差しを向けるようなお姿なのに、この世の終わりのようなお顔をされるのはどうかと思います……」

「いや、だって……」

 エレノールに反論しようとしたところで、扉を叩く音がして言葉を止めた。

「ミルエルシ男爵、ご準備はよろしいでしょうか?」

「あ……はい……」

 取り繕いはしたものの、重苦しい雰囲気を纏った返事となってしまった。

「おや、随分と元気がないではないか、ラーソルバール嬢」

「いえ……。問題ありません……」

 衛士が開けた扉から現れたのは、第二王子のウォルスターだった。

 少し心配するかのような言葉をかけたのは、呼びかけに応じた声色が気になったからだろう。だが、本人の顔を見るなり、安堵したように表情を変えた。

「何だ、顔色は悪くなようだな。ということは、私が嫌いだという事か?」

「いえ、決してそういう訳では……」

 悪戯っぽく笑う王子に対し、ラーソルバールは言葉を濁らせた。

 無論、ウォルスター本人が嫌だという訳ではない。ラーソルバールに「この世の終わり」のような表情をさせている原因は、先日彼がミルエルシ家を彼が訪れた際に告げた内容に有る。


 話は少々戻る。

「相談と言うか……いやほぼ決定事項なのだが……」

 ミルエルシ家を訪れたウォルスターが 、そう切り出した後のこと。

「何でしょう?」

 恐る恐る聞き返したラーソルバール。ウォルスターは小さくうなずくと、招待状を指さした。

「婚約披露の当日、婚約者および婚約者補の二人は順に同伴者と共に会場に入場する事とする、と決められた」

「……は?」

 内容を飲み込めず、王族に対してかなり無礼な受け答えになってしまった。だが、ウォルスターはそれを咎める様子も無く、かえってその反応が見たかったとばかりに愉快そうに笑った。

「そ……それは……どういう……お話……なの……でしょうか……?」

 内容は想像できるが、それが間違っていてくれたなら。

 動揺しつつも詳細を聞かずにはいられず、ラーソルバールは無理やり言葉を捻り出した。

「説明が要るか?」

 待ってましたとばかりに、ウォルスターはにやりと笑う。

「つまり、だ。主役である兄上とエラゼルが一緒に会場入りするのは当然として、婚約者の補欠員となる二人にもそれぞれエスコート役がついて、兄上達に続いて入場するのだそうだ。ちなみに……ラーソルバール嬢の同伴者は私という事になっている」

「え……?」

 追い打ちをかけるような言葉に、ラーソルバールは絶句した。

 いわば補欠第一位となるラーソルバールは、主役の直後の登場という事になるに違いない。しかも、同伴者が第二王子ともなれば否が応でも会場の注目を集めることになる。

 その視線は嫉妬か羨望か、悪くすれば嘲りや罵声を浴びるかもしれない。

 そこまで考えて身震いした。

「まあ、そう怖い顔をするな。せっかくの美人が台無しに……いや、そういう表情も……」

 ウォルスターは独り言のようにつぶやくと、ラーソルバールの瞳を見つめた。

「つまり……あれだ。ラーソルバール嬢に敵対するという事は、王家も敵に回すに等しい、という牽制にもなる」

 ラーソルバールに関する噂を知っていたのだろう。だがこの程度で悪意のある噂が消せるとは思えず、かえって反発を招くのではないか、という懸念さえもある。

 だが、断って第二王子に恥をかかせる訳にもいかない。最初から断るという選択肢など与えられてはいなかった、という事である。

「お気遣い有難うございます」

 余計なお世話だと言う訳にもいかず、ラーソルバールは諦めて承諾の意を示すように頭を下げたのだった。


 今日を迎えるにあたり、ある程度は諦めもついたし、気構えもそれなりのに出来ていたつもりだったが、いざその場となるとやはり気が重い。慣れない靴とドレスが一層気持ちを重くさせる。

 憂鬱になりながらも、その素振りを見せないようにラーソルバールは視線を上げた。

「なに、会場は戦場で、客は敵兵だと思えば多少はましに思えるのではないか?」

 ウォルスターはそう言って、ラーソルバールの頭をぽんと叩いた。

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