(四)苦境①

(四)


 連日の絶え間ないゼストア軍の攻撃に、疲労と睡眠不足に目を擦りながらも善戦を続けるラーソルバールらヴァストールの騎士たち。

 その甲斐があってか、砦東側の戦いは次第に楽になってきているように感じられていた。

 敵軍の約半数が砦の西側に回ったからというのも、大きな理由のひとつである。だが、その仮初めの優勢もすぐに覆る事になる。

「次はあの一団に射掛け……」

 ラーソルバールが指示を出し掛けたところで、背後から響いてきた大きな音に言葉を止めた。それはドンというような、何かが爆発したような音。

「西側が戦闘に入った?」

 音のした方へ視線をやる。

 振り返ったところで何が起きたかなど見えるはずも無い。

「大丈夫かな……?」

 シェラの声が不安そうに震える。

「向こうは第四と第六が行ってるらしいから……私たちは自分達の事をやらないとね」

「けど、西側の防壁はこっち側と比べて遥かに低いから、守るには適さないでしょう?」

「そうだね……、けど大丈夫だと思う……。第七騎士団が戻ってくれば挟撃して一気に解決できるよ」

 不安を払拭しようと答えてはみたものの、第七騎士団の兵力はおよそ五千。その多くが騎馬で構成されているとはいえ、敵の兵力を考えれば勝てるとは言い難い。

 そしてシェラが口にした通り、西側の防壁は東側に比べて低い。ヴァストール側が窮地に立たされていると言っても過言ではない。


 東西で全く姿の異なる歪な建築物。それは地形によるものではあるが、元より西側の防御を重視していないからでもある。砦自体が東側のゼストア王国に対する物であり、国内側に向いた面が重視されていないのは当然である。

 だがこれにはもうひとつの意味が有る。砦を失陥した場合に、再奪取が安易に行えるようにというもの。

 皮肉にもそれが自らの首を絞める事になるとは、設計者は夢にも思わなかった事だろう。

「全く、こんな欠陥砦を設計した奴をぶん殴ってやりたいね!」

 専用の長弓を引き絞りながら、ジャハネートは不満を口にする。

「団長、そういう事はあまり声を大にして言わない方が……」

 隣で弩を構えながら、シャスティが苦笑いする。ジャハネートの愚痴のおかげで緊張感や恐怖感が薄れているようにも感じる。無論、ジャハネートがそれを狙って発言した訳では無いというのは、普段の言動からも分かっているつもりなのだが。

「ああ、この怒りの続きは生きて帰ったら、王都で軍務省にさせて貰うよ」

 そう続けた言葉の後に、弓弦が勢いよく弾ける。

 放たれた矢は風を切り裂きながらゼストア軍の中に飛び込み、二人の敵兵を貫き地に縫い付けた。


 衝撃的な光景に近くに居た兵士たちの腰が引けた。

「あれが、赤い女豹か……」

 防壁の上から見下ろす赤い鎧がゼストア兵の恐怖心を煽る。

「ええい、惑うな! 弓矢など盾で避ければ良いだけではないか。さっさと防壁に取りつくなり、門を破壊するなりしろ!」

 兵士たちの背後から下士官たちの声が響く。

 門を破壊すると軽く言ってはいるが、先程は数名掛かりの大規模な魔法を防がれている。一筋縄ではいかないことは見ていた者ならば分かる事だった。

 とはいえ、数の少ない砦の兵力を東西に分断することで、ヴァストール側に大きな負担を強いているのは間違いない。守備側が限界点に達すれば、勝利は転がり込んでくるはず。

「殿下の勝利が我々の戦い如何にかかっている! 早期に決着をつけるため各々奮戦せよ!」

 砦西側の総指揮を務めるゲラードンが声を張り上げる。攻勢を担当するのはグスタークとゲラードンの二人の将軍。

「作戦通り、陽動も盛り込みつつ段階的に門に攻撃をかけよ!」

 ゲラードンとは違い、初戦で醜態を晒したグスタークはゼストアの将軍としてはまだ日が浅い。カイファーの信が厚い訳でもなく、再びの失敗は降格を意味する。

「……悪魔の炎さえなければ、精強なる我が軍が負けるはずも無い」

 自らに言い聞かせるようにつぶやく。武人としては戦場で恐れを抱く訳にはいかない。

 今はあの時とは違い悪魔の炎は襲って来ない。たとえ襲ってきたとしても、足を止める訳にはいかない。

「進め! 攻めよ! 攻めて攻めて敵を圧せよ!」

 グスタークは自らを鼓舞しつつ、攻勢を強めるよう檄を飛ばす。

 地上から放たれたゼストア軍の矢は防壁の上まで届き、ヴァストールの騎士達にも少なからぬ損害を与え始めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る