(三)隊長の心得③

 シェラの放った矢によって腹部を射抜かれたゼストア兵は衝撃でよろけ、周囲の数人を巻き込んで転倒する。そこを狙い澄ましたように砦から矢の雨が降りそそぎ、ゼストア兵たちは動かぬ骸となった。

 魔法付与エンチャントウェポン程ではないせよ、魔力を込めて放つ事に思いのほか効果があった。とはいえ、シェラ自身そう多く続けられるものではないことは、僅かに残る倦怠感からも自覚できた。

(これをほぼ常時って……)

 矢に込める魔力の加減は分からない。シェラが試したそれよりも、僅かな量を効率良く使っているのかもしれないが、それを平然とこなすラーソルバールには驚く他ない。

(ラーソルに関してはもう驚かないと思っていたんだけどな……)


 そんな友の横顔を見て気付く。目を細め、口端をやや固めに結んでいる。

(あぁ……、あれは少し無理してる顔だ)

 多少辛くても、音をあげない性格。

 蓄積した疲労に加え、精神的な重圧もある。もうすぐ十七歳になるとはいえ、そんな若い娘に中隊長という立場と英雄だの聖女だのという呼び名は、過酷とも言えるほどの重さでのし掛かっている事だろう。

 口には出さずとも、騎士学校時代を共に過ごしてきたから分かる。だが、そんな彼女に何をしてやれるのか。シェラは自問する。

 彼女の負担を軽くするための副官であるのに、自分には何も出来ていないのではないか。ラーソルバールには事務能力の高さと、総合的な能力で選んだとは言われたが、自身にそれだけの物があるのかも分からない。

 副官に指名された事を友人枠だと揶揄されることもあり、そうした話は当然ラーソルバールの耳にも入ってるだろう。ともすれば自分は彼女の負担を増やしているだけなのではないかという気になる。


「シェラ、お願いがあるんだけど」

「え……あ、なに?」

 ラーソルバールに呼びかけられて、シェラは我に返った。

「あそこの一団を補佐している魔術師を見つけたの。私がこれから手を挙げてから放つ矢の辺りに、集中攻撃するように中隊全員に伝えてくれる?」

「……了解!」

 悩むよりはまずは行動するしかない。シェラは力強くうなずくと、身を屈めながら駆け出した。

 ラーソルバールは伝令に走るシェラに視線をやることなく、標的を見失わないよう敵軍を凝視する。

「中隊長、もう少し下がらないと危ないですよ!」

 ビスカーラの言葉にも一点を見詰めたまま動かない。周囲は気を揉みながらも、ラーソルバールからの指示を待つ。


 そして少しの間をおいて伝令を終えたシェラが戻ってきた。

「全員に伝えました。いつでもどうぞ!」

 ラーソルバールは小さくうなずきながら手を挙げると、弩を構え狙いを定めて矢を放った。

 魔力を帯びた矢は一直線に敵軍へと向かったが、ある地点で魔法障壁のようなものに阻まれ弾かれるように地に落ちた。

「魔法障壁で弾かれましたが、あそこにかなり強力な魔術師が居ます! 今からそれを排除します!」

 戦場の喧騒に紛れぬよう、腹に力を入れて声を出す。

「第五中隊総員、構え! ……放てっ!」

 ラーソルバールの声に合わせ、一点を目掛けて矢が放たれた。

 その直後。

「視線を外さずに即座に次の矢を!」

 まるで矢が届かない事が分かっているかのように指示を出す。

 想定通りか。放たれた矢は大半がラーソルバールの矢と同じように地に落とされ、やや逸れたものだけが他の敵兵をかすめた程度で終わった。

 それでもラーソルバールは、もう一度同じ場所へ矢を放つと、その行方を目で追う。その矢は先程のように弾かれる事は無かったが、緩やかに速度を落とした。

 結果を確認しつつ、ラーソルバールは大きく息を吸った。

「次っ! 放てっ!」

 再びラーソルバールの指示により放たれた矢は、先程弾かれたのとは違い今度は狙い通りに一斉に魔術師に襲いかかった。

 馬上にあった魔術師は一瞬慌てる様子を見せたものの、向かい来る多数の矢に抗うことが出来ずに頭や体を貫かれ、馬もろとも崩れるように地に転がり、そして絶命した。

「よしっ!」

「やったぞ!」

 部下たちから歓喜の声が上がる。

 同時に、ラーソルバールはシェラの顔を見て、大きく安堵の吐息を漏らした。

 多数の矢を無力化するような魔法障壁が長続きするはずもない。

 ラーソルバールはそこを狙ったのだが、特定の一個人を狙って命を奪った事に罪悪感を抱くも、それを表情には出さない。

「ありがとう! これで少し楽に戦えるようになるはずです!」

 自らの心に蓋をして、あえて笑みを浮かべて部下を労う。

 第五中隊の面々はその勢いのまま矢を放ち続け、援護を失った敵兵を次々と倒し始めた。

「少しは隊長らしいことできたかな……」

 喧噪の中で小さくつぶやいた言葉は、隣にいた友の耳にだけ届いた。

「大丈夫、格好良かったよ……」

 シェラは優しい笑みを浮かべながら、友であり上司である人物に向け称賛の言葉を口にした。


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