(四)苦境②

 劣性が否めない状況に、苛立ちながらもシジャードは指示を出す。

「身を隠しつつ隙を見て攻撃! 可能ならば魔法で矢を弾け! ゼストア軍もこっちに持ってきている補給物資は多くないだろうから矢はすぐに撃ち尽くすはずだ!」

 精神論、根性論で戦局が変わる訳ではない。的確な指示こそが重要だと分かっていても、それを実践できるだけの人員が足りない。

「東側から第二の人員を少し回して貰うよう伝令を走らせろ」

 逡巡していたところで何が変わる訳でもない。戦況を変えるためには自ら動くしかない。

「将を潰せば楽になるんだろうが……」

 視界内にはそれらしい姿がいくつか見えるが、断定する事は出来ない。

 ただ、運良く仕留めたとしても壊走した兵達が下手をすればそのまま賊になって国内に居座る可能性もある。

 それはあくまでも、ここでヴァストールが勝った場合の話であるため、危険な状況にある中で考えても意味の無い事なのかもしれない。


 シジャードの伝言を預かり東側の防壁へと急ぎやって来た騎士は、まずランドルフの巨体を探した。慌ただしく動く人々の脇を抜け、ようやく目当ての人物を見つけると急いで駆け寄る。

「ランドルフ様!」

「あん?」

「第四騎士団のシジャード様より伝言です。西側に人員を少しまわして頂きたいとの事です!」

「ふむ……」

 防壁から戦場を見下ろす視線を外すことなく、ランドルフはひとつ唸ると、大きく息を吸い込んだ。

「第一、第二、第三大隊は西側へ行き、シジャードの指示に従え!」

 ランドルフはそう指示を出し終わって、部下が移動を始めてからはたと気付いた。

 移動を指示した中にラーソルバールが含まれていた、という事に。

 西側の手が足りない程だからこそ援護を要請してきた訳で、そこはここよりも危険な場所なのは間違いない。先の奇襲後にも「彼女はなるべく危険から遠ざけろ」と、ジャハネートに厳重に言われていたのだが、特に考えずに安易に指示を出してしまった。

 振り返ると、既に全員が防壁を降りて走って西へと向かっていた。

「あぁ……やっちまった……。あの娘の事だから大丈夫だと思うが……、またジャハネートに怒られるな……」

 ランドルフは敵軍に視線を戻しながら苦笑いするしかなかった。


 西側へ向かったラーソルバール達を迎えたのは東側より激しい戦闘の音だった。

 今までよりも厳しい状況に飛び込むのだと理解していたつもりだが、見上げる防壁の様子は予想を上回っていた。

 大門を激しく叩くような打撃や爆発の音が響き、防壁の内側まで敵の矢が飛び込んでくるような気を抜けない状況。

 指示されるまま急いで防壁の階段を駆け上がると、視界に東側とは全く異なる光景が飛び込んできた。

「これは……」

 ラーソルバールは驚きに言葉を詰まらせた。

 防壁の高さに手を焼くような様子もなく、鉤爪かぎつめのついた縄がいくつも柵にかかり次々と兵が上がってくる。兵達の士気は高く、次々と押し寄せる勢いに思わず気圧されそうになる。

 それでもやるべき事は変わらない。

「壁を登ってくる連中を阻止しつつ、余力が有るときには敵の指揮官を狙え!」

 大隊長であるフェザリオ三月官の声が響く。

「大隊長の指示通り、十三、十五、十七小隊は防壁に敵を寄せ付けないように牽制を交えつつ攻撃! 十九小隊は間隙を縫って、指揮官と思われる騎馬兵を狙撃する!」

 騎士学校で指揮官になった場合の訓練はしているものの、実際にやっている事が正しいと保証できるものはない。戦場は結果が全てであり、一瞬の判断の誤りが自分だけでなく味方をも危険に晒す事になる。

 だが、自分たちの持ち場だけが守れていれば良いという事ではない。

「まずいね、大門に敵が集中してる……」

 ルガートがそう言って舌打ちをする。

 現状を覆そうにも手元に有るのは石か弓矢のみであり、有効な手段も手数も持ち合わせてはいない。

「攻撃魔法を使える奴がもう少し居りゃいいんだがなぁ……」

 ドゥーも愚痴を漏らすが、東側に居た魔法院の人員も対応に手一杯で誰も連れてくる事が出来なかった。

「だからって泣き言なんか言ってないで、与えられた仕事をこなすしかないんだから」

 ルガートも苦笑いで返す。

 どこまで耐えれば好転するのか。いつ第七騎士団が到着するのか。誰もが口にせずに

 飛んでくる矢を防護板などの遮蔽物しゃへいぶつでやり過ごしながら、手を止めずに反撃を続けるしかなかった。

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