(二)一通の手紙①
(二)
宿に戻ると、ラーソルバールは礼服から私服へと慌ただしく着替えを行うと、制式剣剣とは別に持ってきた愛用の片刃剣を腰に下げた。
部屋を出ると、事前に約束していたシェラの部屋を訪ねる。
「支度できた?」
「もう少し。中で待ってて」
室内からシェラの返事が返ってきたので、ラーソルバールは扉を開けた。
シェラの着替えは既に終わっていたが、彼女は荷物の整理でもしていたようだ。
「ごめんね。ちょっと認識票をどこに片づけたか……」
そういうと、背負い袋の中の小さなポケットに手を突っ込み、ごそごそと探していたが。
「あった!」
手にしていたのはギルドの認識票。
二人は騎士としてではなく、あくまでもルシェとコッテという冒険者としてギルドに顔を出す予定でいたのだ。
「お待たせしました」
シェラは照れくささを誤魔化すように笑った。
ギルドへ向かう道すがら、ラーソルバールは隣を歩く友の顔をちらりと見る。
「なに?」
視線に気付いたように、シェラが尋ねた。
「ううん、お父様に何を買って貰ったのかなって」
「ああ、可愛いネックレスと髪飾りを……」
恥ずかしそうにしながらも、シェラは微笑んだ。
「その時にね「無理やり縁談を持ってきて済まなかった」って小声で言われたの。今更だよね」
縁談が嫌で騎士学校に入学した、と彼女は以前語った。娘に対する愛情のあり方は何が正しいかなど分からないが、決して彼女を疎んじての事ではないのだろう。
それがシェラにも少しは伝わったのだろうか。父の話をする彼女は、出発前よりも穏やかな表情をしている。
「でも、大使としての任期は長いから、その間なかなか会えない訳だし。その前に少しは消化できて良かったんじゃない?」
「……うん、そうかもね。明日、それを受け取りに行く事になっているから、少し私の方からも話してくることにする。ごめんね、変な心配させて……」
「ううん、私の方こそ余計な事をしたかなって思っていたの」
二人は目を合わせると、互いに笑みを浮かべた。
ひとつ小さな区切りをつけたことで、気持ちも晴れやかになり足取りも軽くなる。
そのまま歩き続けてもう少しでギルドという時、二人とすれ違うように一台の馬車が通り過ぎた。
「あれは……」
一瞬だけ窓から見えた壮年の男性の姿。ラーソルバールはその顔に確かに見覚えが有るのだが、それが誰であるか思い出せない。
何処で見たか、果たしてどんな時に会ったのか。
「どうしたの?」
余程険しい顔をしていたのだろうか、心配そうにシェラは言い、ラーソルバールの顔を覗き込むようにして見詰める。
「うん、ちょっとね……。今の馬車に乗っていた人物を知っている気がするんだけど、誰だか思い出せないんだよね……」
腕を組み、首をひねるような動作がシェラを笑わせた。
「何かの拍子に思い出すかもよ」
ぽんと背中を叩き、ラーソルバールの腕をとる。
「さあ、久しぶりのギルドなんだから、もう少し元気よくね。ルシェさん」
「はいはい、分かりましたよ、コッテさん」
ギルドの長であるホグアードには先程議会で顔を合わせたが、ここでは冒険者で通すことになっている。それでも念のために化粧を落とし、騎士の時には首の後ろで束ねていた髪も、今は掻き上げて後ろ頭で止めている。
「ルシェは問題起こさないようにね」
「いや、問題起こしたのはエラゼ……」
ラーソルバールは言いかけて止めた。どこに耳があるか分からないので、不用意な発言は避ける。
ギルドに足を踏み入れると、たった一度しか来たことのない場所であるにも関わらず、ここでの出来事を思い出す。騒動を起こして慌てたりもしたが、仲間に囲まれ楽しくもあったという記憶。
今は揃う事も少ない仲間を思い、寂しさがこみ上げる。
「ほら、行くよ」
シェラに手を引かれ、ラーソルバールはようやく我に返った。
ギルドに入ってきた二人の姿を見て、受付カウンターに居た女性がやや驚いたような顔をする。
「確かミディートさんっていったっけ」
小さな声でシェラに確認する。答えは無言のうなずきで返ってきた。
事情を知る彼女の方が話しが通しやすいのは間違いない。ラーソルバールはそのままカウンターに歩み寄ると、ミディートに認識票を見せる。
「ルシェ・ノルアールとコッテ・ララです。本日、ギルド長との面会を手紙でお願いしていたかと思いますが……」
「お久し振りです。まだギルド長は議会より戻られていないので応接室でお待ち頂く事になりますが……。と、その前に、本日ルシェさん宛の手紙を受理しております。いつものように転送しようと思ったのですが、こちらに来られるという事で直接お渡ししようと留め置きしました」
そう言って彼女は一通の手紙を棚から取り出した。
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