(一)縁というもの③
アズワーンと暫し何気ない会話をしていたラーソルバールだったが、子爵とシェラが何やら会話をしている様子を見て言葉を止めた。
「どうかされました?」
疑問に思ったのか、アズワーンがラーソルバールの視線を追いながら尋ねる。
「……いえ、何でもありません」
シェラが微笑みを浮かべたように見えたので、ラーソルバールは胸を撫で下ろした。
少しは親子の役に立てたのだろうか。
間もなく子爵が満足したように小箱を手に戻ってくると、ラーソルバールは敬礼をして迎えた。
「いい物がありました。こちらの騎士さんに選んで頂いて、娘への良い贈り物が買えましたよ」
子爵はそう言って目配せをする。
娘と濁したが、それはシェラの姉を意味するものではないだろう。護衛任務中に渡して賄賂扱いされたくないというだけで、シルネラに着いてからシェラに贈るつもりで本人に選ばせたに違いない。
シェラもそれを察しているのだろう、先程よりも表情は明るい。
「おや、高価な物をお買い上げ頂いたようで……、ありがとうございます」
アズワーンが頭を下げた。
「たまたま休憩が重なった事で良い品を手にできたのも何かの縁。ラーソルバール嬢が助けた方々と再会したのも優しい縁。そしてこれを贈る娘とも大事な縁、絆があるということですかな」
最後に父親の顔を見せて、子爵は穏やかな笑みを浮かべた。
ラーソルバールは同意するようにうなずくとシェラに微笑んだ。彼女は気恥ずかしそうにそれに応える。
「これからシルネラに向かわれるとお見受けしますが、あまり良くない噂を耳にしましたので……」
アズワーンが言う。シルネラの事は一度も口にしていないが、彼はシルネラの大使の交代時期を知っており、騎士に守られた人物が新たな大使だと察していたのだろう。
三人はあえてそれを否定しない。
「良くない噂、とは?」
アズワーンの言葉に子爵は表情を曇らせた。
「帝国がシルネラに特使を送った、という事です。表向きは親善という事らしいのですが、属国化か不戦の条約を結ばせようと圧力をかける為ではないか、と」
「む……」
真剣な顔をする父へとシェラは心配そうに視線を送る。
「我々旅商人というものは戦や国家間の動きには敏感です。下手をすれば商売が立ちいかなくなりますから……」
アズワーンの言う事が真実であれば、帝国はヴァストールに対する包囲網を作ろうとしていると見ていい。同盟こそ結んでいないものの、シルネラはヴァストールにとっての重要な友好国である。帝国はヴァストール周辺国の切り崩しを企図し、戦端を開く地固めをしているという事になる。
ファーラトス子爵は黙ってうなずいた。
今、シルネラとの関係を崩される訳にはいかない。それが大使となって最初の大仕事になると悟ったのだろう。ひとつ大きく息を吸ってから子爵はラーソルバールとシェラの顔を見た。
「さあ、こうしている場合ではない。一刻も早く向かいましょう!」
力強く踏み出したその一歩は、決意の表れか。父を見詰めるシェラの悲しげな瞳が、ラーソルバールの心に刺さった。
商人たちとの出会いから二日後、新大使一行はシルネラの首都シルネリアに到着した。
街の様子は一年程前と特に変わったようには見えない。
住人達もヴァストールの騎士の鎧に身を包んだ集団を見ても、友好国という認識があるだけに当然とばかりに警戒する様子を見せない。街中では帝国の民族衣装のようなものに身を包んだ人物を時折見かけるが、シルネラでの生活に溶け込んでいるようで彼らも特に反応することもない。
街自体にも緊張感のようなものは漂っておらず、至って平穏にも見えるだけに本当に帝国の手が伸びてきているのかと疑いたくなる程だった。
(確かこの辺りだったっけ……)
見覚えのある路地を通り、大使館が近い事を知る。
過去にも訪れた大使館。その前で馬車が止まり、大使館の衛兵たちが駆け寄ってくると、ようやく騎士団の面々は安堵の吐息を漏らす。
慌ただしく大使館に駆け込んでいくファーラトス子爵を見届け、懐かしさに浸る間もなく、予定していた宿へと向かう。
馬を預けて騎士の礼服に着替えると、再び大使館に赴き新旧両大使を伴ってシルネラの議会へ。議員たちへの大使到着の挨拶に付き添い、大使館に戻ったところでようやく護衛任務から解放された。
「あとは五日後の帰りですね……」
ビスカーラは疲れ切ったような顔で言った。
さすがに慌ただしく動き回ったので、無理からぬ事だろう。他の面々も同じような顔をしていた。
「今日はもうすぐ日も落ちるから、自由行動という許可を大隊長から頂いているので、自由に食事に行ってください。そして明日と明後日は予定通り全休で良いそうです」
ラーソルバールの言葉に歓声が上がる。
「皆で食べに行きましょうよ。隊長はこの後、ご予定はありますか?」
「ええと……。私のような若年の隊長が居たら邪魔でしょうから、今日は外します。友と一緒に知人の所に行ってきます」
ドゥーの問いにラーソルバールは正直に答えた。その選択が、運命の悪戯になることをラーソルバールはまだ知らない。
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