(二)一通の手紙②

 ギルドを通してくる手紙といえば。

 常闇の森から遺物を持ち帰った事で、古代文明解析協会からの礼状などを受け取った事はあるが、主に送ってくる人物は決まっている。

「あの人から?」

 シェラがラーソルバールが手にした手紙を覗き込む。その問いに対し。ラーソルバールは無言でうなずいた。

 宛名の筆跡を見ただけで、差出人が分かる。そう、アシェルタートだ。

 一気に華やぐラーソルバールの顔を見て、シェラはくすりと笑った。

「応接室でお待ちの間に読まれてはいかがでしょう。どうぞ、開封用のナイフをお使いください」

 差し出されたナイフで封を開けた後、手紙を腰のポーチに仕舞い込む。その後すぐに二人はミディートに応接室に案内された。

「では、申し訳ありませんが、少々お待ちください。もうそろそろギルド長も戻ると思いますので」

 そう言い残し、ミディートは二人を残して部屋の扉を閉じた。

 二人だけになった事を確認すると、シェラはにやりと笑ってラーソルバールに手紙を取り出すよう目で督促する。

「もう……」

 そう言いながらも、ラーソルバールは手紙を取り出して広げる。と、ラーソルバールの右肩辺りにシェラの顔がやってきた。


『親愛なるルシェへ。

 六月三十日現在、僕はとある事情でシルネリアに来ている。突然決まった事だけに事前に連絡できずに申し訳ない。

 君がいつ依頼を終えてこの街に戻ってくるのかは分からないが、もし幸運にも僕が滞在している三日の間に、君がこの手紙を受け取る事が有ったなら是非会いたいと思っている。

 日中は時間が取れないが、滞在期間中の夕食は西地区の『月と星の宴』という店でとることになっている。僕とボルリッツだけなので、来てくれたら嬉しい。ゆっくり話もしたいし、また君の顔が見たい。

 気軽に君に会える世になるよう、僕も努力をする。

 アシェルタート・ルクスフォール』


 短い文章に、急いで書いたという事が伺える。

 嬉しさよりも、戸惑いが先にラーソルバールの心を揺さぶった。

 アシェルタートはルシェという人物が、シルネラ国民なのだと未だに信じている。

 本当の名を名乗ることもできず、嘘をつき続けている事への後ろめたさがラーソルバールの身を縛る。

「どうするの? 行くんでしょ?」

 横から一緒に手紙を読んでいたシェラが、そう言ってラーソルバールの様子を伺う。

 今日は三十日。夜に指定の店に行けば会えるはず。自分の心に素直に従うのなら、すぐにだって会いに行きたい。

 だが、正式に領地を持つ男爵としての責任がある。そして今は騎士としてこの街に来ている。相手はまだ敵国ではないにせよ、警戒対象国の貴族。自分はヴァストール王国の騎士であり学生だった前回とは立場が違う。

 丁度良くアシェルタートの滞在期間と休暇と被る事になるとはいえ、果たして会いに行って良いものなのか。

 動揺して手紙を持つ手が震え、思わず左手が胸元にある指輪の存在を確かめるように動く。

「行って……いいのかな、私……?」

 迷い苦しむように震える声で言葉を紡ぐ。

 この手紙を手にしたのが王都に居る時であったなら、いっそ諦めもついただろう。

 何故、今この時に手にしてしまったのか。

 二人は今、見えない糸で操られるように同じ場所に居る。この関係を作り出しているのは運命の悪戯か。自分は形の見えない運命というものにただ翻弄されているだけなのか。ラーソルバールは自らに問いかける。

 ふと、右腕に寄り掛かっていたシェラの重さが消えた。

「今の私たちは、ルシェとコッテだよ。迷う事なんて無いじゃない」

 シェラは両腕を伸ばし、震えるラーソルバールをぎゅっと抱きしめた。その与えられた小さな安堵にほろりと一滴、涙が頬を伝う。

「今日は、私も一緒に行ってあげる。お邪魔かもしれないけど……」

 ただただ、シェラのその優しさが嬉しかった。

「ありが……とう」

 絞り出したような小さな声で感謝を伝える。一人だったら迷い続けてそのまま行かずに終わらせていたかもしれない。そして行かなかった事を後悔し続けていたに違いない。

 苦しい時にはいつも友が傍に居てくれた。けれどそれに甘えるだけでなく、自分の生きる道は自分で切り開くしかない。

 諦めたらそこで終わりだ。

 今はまだルシェとしてしか、彼に会う事はできない。だが、受け入れて貰えるかは分からないが、両国が平穏を取り戻した時に全てを打ち明けよう。

 ラーソルバールはそう心に決めた。

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