(二)繋がる想いは①

(二)


 拉致未遂事件から僅かな時間の後、ルベーゼはリファールの控室で救護院の治癒により目を覚ました。

「ここは……?」

 目覚めたルベーゼの視界に入ったのは、見たことのない部屋と、妹エラゼルの姿とその友人であるラーソルバール、そして見知らぬ若い男の姿だった。

「姉様!」

 エラゼルのほっとしたような声が、最初に耳に入ってきた。

 確か公爵家の控室に向かう途中だったはずで、そこからの記憶が一切無い。途中で意識を失って倒れたのだろうか。

 それよりも、何故か目を離すことのできないこの男性は誰だろうか。ふと、記憶からひとつの名前が浮かんだ。

「リル様……?」

 はっきりとしない意識の中で、思わずつぶやいていた。夢に見ながらも会う事の出来なかった少年の名を。

「……ああ。ああ、私はリルだ! その名を呼んでくれるということは間違いなく、貴女は……」

 リファールは思わずルベーゼの右手をとり、両の手で握った。この国ではたった一人しか知らないはずの愛称。長年想い続けたものがようやく叶った、その喜びで無意識に涙が溢れた。

「リル様……。何故……泣いておられるのですか……?」

 まだ起き上がることのできないルベーゼは、左手を伸ばしリファールの涙を拭う。

「貴女に……ずっと会いたかった……。女々しい男だと言われるかもしれないが、貴女に出会ったあの遠い日からずっと……」

 涙声になりながら想いを告げる姿に、ルベーゼは微笑を浮かべる。

「あら……、奇遇ですね……私も……ずっと「リル様」というお名前の方をお探ししていたのですよ……。リル様は……私に会ってどうされるおつもりだったのでしょう?」

 肝心な事は男の方から言わせたいという事なのだろうか。少し意地の悪いルベーゼの言葉に、横で聞いていたラーソルバールは思わず頬が緩んだ。

「ずっと……。ずっと貴女を……妻に娶りたいと……それだけを願ってきた」

「……ふふ。……何と……何と嬉しいお言葉でしょう。あの日からずっと、貴方様にお会いしたいと、会ってお聞きしたいと……。私が心から願い続けた……欲したお言葉です」

 ルベーゼはリファールの涙を拭った手をそのまま頬に優しく添え、愛おしそうに撫でる。彼女はリルという人物が何者か、それさえも聞かずに嬉しそうに瞳を潤ませた。

「言い訳になるが……、あの日、最後に貴女がきっと名乗って下さったであろう時、私はその言葉を喧噪で聞き取れなかったのです。他国の者故に、調べることもできず、私も探しあぐねておりました。今は、お互いに立場があって願いが許されるかは分からないが……」

「立場?」

 ルベーゼは少し不思議そうに尋ねる。

「ルベーゼ姉様、この方はレンドバールの第二王子リファール殿下です」

 姉の喜ぶ姿を見て、先程までの不安や苛立ちが消えたかのように、エラゼルは落ち着いて優しく語りかける。

「なるほど……お探ししても見つけられない訳ですね……」

 リルの正体が王子だと知ってもルベーゼは慌てる様子もなく答えたのだが、ふと思い出したように言葉を続けた。

「あら、私としたことが……。寝たままで殿下にお目通りするなど……不敬極まりない事で……」

 部屋は明るい笑い声に包まれた。


 その頃、晩餐会の会場は事件の余波にさらされていた。

 侯爵家二男による令嬢の拉致未遂事件。

 それは過去に類を見ない晩餐会での重大問題とあって、隠蔽もできないものとなった。

 まず最初に晩餐会に出席していた軍務大臣ナスターク侯爵は、会場の隣室で第二騎士団長ランドルフからの報告で知ることとなった。驚いたナスターク侯爵は、即座に会場へと戻ると、宰相メッサーハイト公爵に事の次第を告げた。

 あまりの事の重大さに、メッサーハイト公爵は即座に国王のもとに駆け寄って耳打ちをすると、連れ立って隣室へと移動した。続けてデラネトゥス公爵、ヴァンシュタイン侯爵、ナスターク侯爵の三名が呼ばれ、ランドルフとギリューネク、ガドゥーイが室内へと入れられた。

 デラネトゥス公爵は、エラゼルがラーソルバールに呼ばれたと言って慌ただしく会場を出て行った事から、何事か有ったのだろうと察してはいたのだが……。

 事件のあらましをギリューネクの口から聞き終えると、デラネトゥス公爵は激怒した。

「貴族の子息が、晩餐会中に他家の令嬢を拉致しようするなど言語道断! あまつさえ他国の王子の手を煩わせたなどと……」

 これには野心家と噂されるヴァンシュタイン侯爵も、さすがに愕然とした。下手をすれば侯爵家自体の取り潰しも有りえるだけに、顔面蒼白となりながら床に額がつくかと思うほどに頭を下げ、公爵と国王に許しを乞うた。

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