(一)人の心に潜む光と闇②

「急ぎ馬車へ!」

 慌ただしく大扉を抜けてきた三人の男女。王宮の外で警備をしていたラーソルバールは、その声に視線をやる。

 馬車は事前に手配されていたのようで、既に近くに控えており主を待つだけといった状態。それだけに、何やら急な出来事なのだろうかと思うが、そのまま放置するわけにもいかない。

 他の隊が確認に行くのかと思えば、その素振りも無い。この時点では王宮内部から出てきた者に対しての割り当てが決まっていない事も災いした。馬車を見るにかなり上位の貴族だけに、下手をすれば何をされるか分からないという警戒があって、どこの隊も動きは鈍い。

 ラーソルバールも違和感を感じたものの、部下を巻き込むわけにもいかず様子を注視するに留めていたのだが……。


(あれはルベーゼ様?)

 先程見たばかりで覚えのあるドレス、そしてに華奢な体つきに流れるような美しい金髪。デラネトゥス家の二女ルベーゼで間違いない。その彼女を何故あのような男性が。

 違和感が増し、ラーソルバールの背中を押した。

 ラーソルバールが駆け出すのと同時に、三人を追うようにもう一人別の男が大扉を抜け走って出てきた。

「待たれよ。そのご婦人を連れてどこへ行かれる!」

 男は三人を呼び止めるように声を張る。

「婚約者の具合が悪いので、わが邸宅に連れ帰るまで。心配ご無用!」

「なに!」

 ルベーゼを連れた男の答えを聞き、違和感の正体に気付く。

「ルベーゼ様!」

 ラーソルバールは加速するように強く地を蹴った。

 走りながら無意識に剣に手をかけたが、非常時以外の抜剣を禁じられていることを思い出し、柄から手を放す。

「隊長!」

 後方からビスカーラの声が響く。背後にひとりついてくる気配があるが、確認している余裕はない。


 馬車まで駆け寄ったラーソルバールは、ルベーゼが押し込まれるすんでの所で、衛士の腕を捕まえた。

「無礼者! 貴様、何をしている!」

 銀髪の男、ガドゥーイは威嚇するように怒鳴った。

「何故、この方を連れ去ろうとなさるのですか?」

 怒号に怯むことなく、ラーソルバールはガドゥーイを睨みつける。

「聞こえなかったのか、婚約者だ」

 苛立ちを隠しきれぬように声を震わせると、ガドゥーイは馬車に近づき、扉に手を掛ける。

 この間に、ルガートは隣にやっておきており、眼前のガドゥーイの陰になって見えないが、いつの間にか彼らを追ってきた男も追いついていた。

「おや、異な事を仰います。ルベーゼ様には婚約者はおられないはずですが?」

「本当か?」

 ラーソルバールの言葉に反応したのだろうか、ガドゥーイの背後からやや明るい声が聞こえた。

「一介の騎士が何を知ったような事を。貴族の事情など知るはずが無かろう。この女は……」

「この方は私の大事な友の姉君。何故ここで嘘など申しましょうか」

 衛士の腕を掴む手に力が入る。

「この小娘が!」

 ガドゥーイが振り上げた手には剣が握られていた。それは非常時用に馬車の扉に仕込まれていた護身用の剣。

(避けては駄目だ!)

 振り下ろされる剣をラーソルバールが避ければ、その切っ先は衛士やルベーゼを襲うだろう。剣を所持していない場合の対処法も、騎士学校で十分に教え込まれてきたが。いざ実践となると上手くできるかどうか。

 ラーソルバールは衛士を掴んでいた手を放すと、半歩踏み込みガドゥーイが振り下ろす腕を金属の小手で辛うじて受け止めた。

(やっぱり剣が無いと半人前かな……)

 自嘲しながらも相手の手を弾き上げ、さらに半歩踏み込んで肘を鳩尾に叩き込んだ。

「グォ……」

 ガドゥーイは衝撃によろめき背後に二歩下がると、そのまま尻餅をつく。それでも痛みに屈することなく声を張り上げる。

「……馬車を出せ!」

 その声に即応するように馬車が動きだし、衛士はルベーゼを馬車に押し込むと自らも飛び乗った。

「行かせるか!」

 ガドゥーイの陰から現れ、ラーソルバールの脇を駆け抜けたのはリファール。更にルガートも馬車と併走すると、御者の脇へと飛び乗った。


「小娘、私にこのような無礼を働いて、ただで済むと思うなよ……」

 ガドゥーイは眼前に立つ女騎士に罵声を浴びせ、落とした剣を手繰り寄せようと手を伸ばす。が、その手は剣を掴むことは無かった。

「全く……お前はまた厄介事に首を突っ込んでいるのか?」

 傍らに落ちていた剣を拾い上げたのは、ギリューネク。

「これも騎士の本分です。友とその家族の為でもありますが……」

 剣を失って焦るガドゥーイを見下ろしながら、ラーソルバールは上司の問いに答える。

「……できれば、もう少し早く来ていただけませんかね?」

「ああん? 俺が気付いた時には、お前がもう始めちまってたんだよ」

 ラーソルバールの嫌味はさらりと流された。

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