第四十章 架け橋

(一)人の心に潜む光と闇①

(一)


 夜の闇を消し去るように王宮から漏れる光が周囲を照らす。

 晩餐会を彩る光は明るく時に鮮やかで、蝋燭やランタンだけでは到底作り出す事はできるはずもない。その幻想的な光に、現実と夢との狭間なのかろうかとさえも思えてくる程だ。恐らく魔法で作り出した光も混ざっているに違いないと思い至る。

 会場から聞こえてくる華やかな音楽に身を預けていると、ダンス嫌いにも関わらず小さくステップを踏みたくなる程だ。

「エラゼルは上手くやってるかな?」

 王宮を見上げ、晩餐会に思いを馳せながらラーソルバールはひとり呟いた。


 その頃エラゼルは体調を悪化させた姉のことが、どうにも気掛りで仕方がなかった。何やら嫌な予感もしているので、姉の消えた扉を見詰めたまま視線を外せない。

 だが、姉に来るなと諭されたので追うわけにもいかず、苛立ちを必死に抑えていた。これというのもあの男が……。ヴァンシュタイン家の男を思い出し、同時に募る不安に唇を噛んだ時だった。

「やあ、エラゼル」

 不意に名を呼ばれ振り向くと、そこに居たのは王太子。エラゼルは驚きながらも慌てて頭を下げる。

「お久しぶりで御座います、殿下」

「そんな大袈裟な挨拶はいらないよ。以前のように……いや、姉とは違い、エラゼルはいつもこうだったな」

 王太子は愉快そうに笑う。

 彼の言う「姉」とはイリアナの事だろう。幼いころから知っていたこともあって、最近はかなり親しげに会話をしている。あくまでも公式の場以外で、ではあるが。

 ともあれ、エラゼルとしてはルベーゼのことが気になって仕方がない。だが、眼前にいるのが王太子とあっては、無理に話を切り上げようとする訳にもいかない。

と迷惑をかけて済まないね」

「はて、何のことで御座いましょう?」

 王太子の言葉に即応する。

 晩餐会で公に婚約者候補の話をするわけにもいかず、遠回しな言い方になるのは当然だとは分かっているが、多少の意趣返しを狙ってわざととぼけてみせた。

 王太子には一切関係が無いとはいえ、暗殺者を送り込まれた身としては素直に受け止める気になれない。ましてやラーソルバールも共に狙われたのだから、本来であれば嫌味のひとつも言いたいところだった。

「そうか……」

「殿下、私がどうかいたしました?」

 するりと王太子の横に立ち、イリアナは微笑んだ。

「いや、何でもない……イリアナ……そこに居たのか……」

 王太子自身にとっても姉のような存在なのだろうか。若干の苦手意識でもあるかのように、半歩後ずさる。

「ええ、エラゼルと私が違うとか何とか……」

「あ、いや、その……」

 困り顔をする王太子が姉に意識をやっている間に、ルベーゼの後を追うべきか。エラゼルは一瞬動こうとしたものの躊躇した。

 こうして、エラゼルが王太子に気を取られている間、多少の時差があるものの二人の人物がルベーゼを追うように大広間を出ていた。

 それは小さな出来事から始まった、大きな問題となる事件だった。


 時を僅かに遡る。

 廊下に出たルベーゼは体調の悪さから横になろうと、頼りない足取りで参加者に用意されていた休憩室へと向かっていた。

「お手をお貸ししましょうか?」

 目に見えて具合の悪そうなルベーゼを心配したのか、ひとりの衛士が声をかけた。

「ええ、有難う御座います……」

「失礼します……。どちらのお部屋まで?」

 衛士はルベーゼを支えるように肩を貸すと、ちらりとその横顔を見る。

「……デラネトゥス公爵家の控室まで」

 息を切らしながら小さな声でルベーゼがそう答えた直後、衛士は自らの腰の小物入れから取り出した匂い袋のようなものを彼女の顔に押し当てた。するとルベーゼはすぐに全身の力が抜けたようにぐったりとし、体重は全て衛士に預けられた。

「大丈夫ですか、お嬢様!」

 周囲に聞こえるような声で、衛士は尋ねる。その声がルベーゼに届かないと分かっていながら。

「何事か?」

 近くに居た近衛兵や衛士達が異変に気付き近寄ろうとした時だった。

「あいや、申し訳ない。我が婚約者殿の具合が悪いようだ。馬車まで連れて帰る故、お気遣い無用に願う」

 後からやってきた銀髪の大男が、全員の動きを制止するように割って入る。

「左様で御座いますか、では馬車までお手をお貸しいたします」

 二人の男はルベーゼを連れ、彼女が行こうとしていた場所とは反対方向である王宮の外へと歩を進める。


 長い廊下を進み三人の姿が王宮の大扉の外へと消えようとした時、背後から彼らを追う影があった。

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