(二)三姉妹①
(二)
ヴァストールとレンドバールとの二国間で会談が行われた翌日。
修学院に行っていたエラゼルが公爵家の王都別邸に帰って来た直後の事だった。
「エラゼルお嬢様、旦那様がお呼びで御座います。お嬢様方全員、お集まりになられるようにとの事でございます」
侍女にそう告げられ、制服姿のまま父の待つ部屋へと向かう。
騎士学校の動きやすい制服に慣れていたので、二か月以上経った今でも修学院の制服は動きがあちこち制限されているようで気に入らない。それに併せ、修学院では以前のように激しい運動をする事もなくなり、やや鬱憤が溜まってきているのを自覚している。
「少しは体を動かしたいものだ……」
「何か仰りましたか?」
ぼそりと呟いた言葉が侍女の耳にも届いていたらしい。慌てて「何でもありません」と流れを断ち切った。
父であるデラネトゥス公爵の執務室に入ると、既に姉二人が座って待っていた。
「お帰りエラゼル。早速だが、先程城に呼ばれて聞いてきた話をしようか」
そう言って切り出した話は、レンドバールとの戦後補償に関するものと、それに付随する話だった。
戦後補償に関する交渉は、ヴァストール側の提示した内容がそのまま受け入れられたという。その補償の内容を聞いて、エラゼルはやや眉をしかめた。
「婚約者候補に対する質問にエラゼルが回答した『第二王子の身柄の引き渡しおよび、オロワール地区の割譲』というものがそのまま形になったという事になるな」
デラネトゥス公爵は苦笑いを浮かべると、言葉を続ける。
「外務や軍務もそれ以上の案を考え付かなかった、という事になる。結果的に回答が正しかったという事になるのか。……ちなみに、エラゼルと同じ回答をした者が一人いたそうだ」
「どなたなんです?」
父が濁した言葉が気になったのか、ルベーゼが尋ねた。
「ラーソルバールしかいないでしょう」
父が答えようとするのを遮るように答えながら、やや嬉しそうに笑うエラゼルを、ルベーゼは不思議そうに見つめた。
「王太子殿下の婚約者候補として競い合う相手なのではないの?」
「エラゼルはね、ラーソルバールさんが大好きなのよ」
イリアナはルベーゼに優しく語りかける。
「いや……その……」
慌てて否定しようとするエラゼルだったが、言葉がうまく出て来ずに悔し紛れにイリアナを睨んだ。
「お友達だという事は分かるけれど、以前は「宿敵だ」って騒いでいた事もあったわけだし……」
「誰であれ優秀な者が殿下の妃になれば、国として良いことではないですか」
ルベーゼの言葉が終わらぬうちに、誤魔化すようにエラゼルはもっともらしい言い訳を被せる。
「じゃあ、ファルデリアナちゃんでもいいのね?」
「うぐ……」
したり顔をする姉に言い返す言葉もない。
「ほら、大好きなのよ」
何が「ほら」なのだろうか。そう思いながらも、エラゼルは心の内を見透かしたような姉の笑みに抗うことはできなかった。
「イリアナ、あまりエラゼルを苛めるな。それよりお前には早く婿取りをして……」
「お父様、私ちょっと用事を思い出しましたわ……」
立ち上がって部屋から出ようとするイリアナだったが、すぐに誰かに腕を掴まれ逃げ損なった。視線を動かすと、エラゼルが座ったまま睨んでいる。
「姉上、ご自分だけ都合が悪くなった途端に逃げるのは無しですよ」
仕返しだと言わんばかりに、エラゼルが笑みを浮かべる。
「うふふふ……。エラゼル、離してくださいな……」
「ふふふ……。姉上、父上のお話はまだ終わっておりませんよ……」
互いに譲らぬ様子の二人を見て、ルベーゼは大きくため息をつく。そして姉の顔を見つめ、表情を引き締めた。
「姉上、エラゼルの言う通り、父上にはまだお話があるようです。もう一度お座りになってください」
「……はい」
ルベーゼに諭され、イリアナは渋々元の場所に腰掛けた。
仲が良いのか悪いのか。
デラネトゥス公爵は娘たちの様子を黙って見つめていたが、元に収まったのを確認すると小さく苦笑いをした。
「それでだ。レンドバールの第二王子であるリファール殿下だが、交渉上は人質となっているものの、仮にも王位継承権のある王族だ。賓客として接する必要があるし、対外的にもそうした宣伝は必要だと判断された。そのため、半月後には殿下を歓迎するという名目で、王家主催の晩餐会が行われることになった」
「……すると当家も参加しない訳には参りませんね」
話が自分の婿取りの話ではなくなったことで、気をよくしたようにイリアナが相槌を打つ。
(姉上、父上はそこで相手を見つけて欲しいと思っているかもしれませんよ)
政略婚など考えない父だが、さっさと婿取りをして欲しいとは考えているようだ。そんな思いが透けて見えたのか、エラゼルは姉の顔を見つつ思わず失笑した。
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