(一)与えられた役割③
侯爵家以上でここ十年ほどで没落もしくは処分されたのは、カレルロッサ動乱で中心となったフォンドラーク侯爵だけ。フォンドラーク家の処分に際して、家人に年若い娘が居たという話は聞かなかった。
あとは当時の大臣だけ分かればリファールの想い人を絞る事ができる。二十歳前後ということは、エラゼルやファルデリアナでは無い。王太子の婚約者候補と被る可能性は少なそうだ。ラーソルバールは少し安心した。
自分がリファールの恋心に首を突っ込むような事をしているのだという自覚はある。相手の令嬢の立場を考えていないと批判されれば、その通りだと思う。
これは腹を割って話してくれたリファールへの少しだけのお節介だ。結果としてレンドバールとヴァストールにとって、ひとつの転換点になればいいとい願望もある。
だが、その役割をリファールが果たしてくれる保障はどこにもないのだが。
「どうかね、隊長としてうまくやっていけそうですか?」
思いにふけっているところにナスターク侯爵に話を振られ、ラーソルバールは我に返った。
「あ、はい。何とか……」
入隊してから一緒だった面々とはうまくやっていける気はしている。問題はルガートだ。何を考えているのか分からない所が有るが、実に計算高くも見える。それだけにギリューネクが手を焼いたというのも分かる気がした。
「確か、ルガート・ティリクス君だったかな、貴女の隊に加わったそうですが……」
わざとらしい物言いに裏を感じた。やはりこの人事は軍務省……いや、大臣自身が一枚噛んでいたと見るべきだろう。とは言え「大臣の差し金ですか」と面と向かって聞くわけにもいかない。
ただ、そうだと分かれば嫌味の一つも言っておきたい。
「大臣は末端の人事まで良くご存知なのですね……」
「あ、いや……。ちょっと小耳に挟んだなの程度だが」
「そうなんですか。で、彼が何か?」
ラーソルバールは笑みを浮かべて見せたが、目は笑っていない。
騎士と大臣という立場で、爵位も相手が上。実に不敬ではあるが、裏の事情があるのであれば黙っていられない。何を狙って彼をこんな小娘の部下に組み込んだのか、と言外にちらつかせる。
「いや、彼も優秀だと聞いていたし……だね……その……良い……補佐に……ええと……」
ラーソルバールが全く表情を変えないのを見て、ナスターク侯爵は視線を泳がせはじめ、言葉もしどろもどろになる。言葉を継げずに、やがて観念したように大きくため息をつくと、事の詳細を語り始めた。
話によると、ルガートはナスターク侯爵の姉の孫にあたるとのこと。そういった繋がりからナスターク侯爵も、彼が当時の小隊長であったギリューネクと諍いを起こしたため、病気療養と偽って休んでいた事も聞いていたようだ。
他の所属での復帰を姉に懇願されていたが、大臣自ら人事に介入するわけにもいかずに困っていたところで先の戦争が勃発。彼の所属が第十七騎士団であった事もあり、ラーソルバールが小隊長となったこの機会に復帰してはどうかともちかけた、という事らしい。
大臣としての権力を使ったわけではないので、非難できるものではないが。
ナスターク侯爵は自分に何を期待しているようだが、そもそも剣を扱う事しか出来ない者を買い被りすぎているのではないだろうか。
「彼は気位も高く、やや性格に難があるのは承知しているが、膝を屈するに足る相手だと分かれば従うはずです」
ナスターク侯爵は説明を終えると、最後に重要な事をさらりと言ってのけた。
話を聞き終えたラーソルバールの眉間に一瞬しわが寄る。それに気付いたのか彼は即座に視線を外し、宰相メッサーハイト公爵に助けを求めるように目で訴えかけた。
怒りを買うのは自業自得なだけに、メッサーハイト公爵も苦笑しながら放置しようとしたが、一瞬の間の後やはり憐れに思ったのか、小さくため息をつくと助け舟を出すように口を開いた。
「そういえば、殿下の警護には剣の腕も確かな優秀な側近が付いていたと聞き及んでいたが?」
「仰るような人物が居たように思えませんでしたが?」
サンドワーズが首を捻った。
それはきっと、ヴェスティマと呼ばれた乳兄弟だろう。口にはしなかったが、ラーソルバールには何故か確信めいたものがある。だが王都に入ってからも、大使館の中でも二人がそうした距離感であったようには見えない。
彼らの間に何があったのかは分からないが、二人の立ち居地を変える出来事があったののは想像に難くない。だが信頼していた相手が離れ、やがて命を狙うようになる。人の繋がりとはそんなに脆い物なのだろうか。
ラーソルバールの心に小さなしこりのような物が残った。
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