(一)与えられた役割②

「ご用件は、とお伺いするまでもなさそうですね」

 サンドワースには宰相らの手前、敬礼をする訳にもいかず会釈をしてから隣に腰掛ける。

 ラーソルバールが腰掛けたのを見計らって、メッサーハイト公爵は口を開いた。

「第二王子の暗殺未遂については、サンドワーズ君から報告を受けています。いや、本当に助かりました。私からもお礼を言わせて頂きたい」

 そう言って公爵は素直に頭を下げた。

「あ……、頭をお上げください、私などに頭を下げて頂く必要はありません!」

 驚き慌てて、声が上ずって裏返りそうになる。

「いや、今回の件は、貴女からの申し出が無ければ外交問題になっていた可能性が高い。下手をすれば帝国の介入を許す口実にもなるところだっただけに、貴女の功績は大きいのです」

 メッサーハイト公爵の表情からは何の裏も感じない。一国の宰相としての感謝の言葉だ。

「ただ貴女も既に理解されていると思いますが、今回の件は公に出来るものではありません。従って、表立って貴女に報いる事ができません。国としては金銭による恩賞をお渡しする程度しか出来ないのが、誠に心苦しい限りですが……」

 ナスターク侯爵の言葉は、ラーソルバールが予想していた通りのものだけに、驚く事も無ければ、文句を言う理由もない。更にいえば、見返りなど何も期待していなかったのだが「国として出す」というものを断るわけにもいかない。

「私としては、そもそも先方が良く警護を受け入れる気になったものだと思いましたが……」

 黙していたサンドワーズが口を開いた。その言葉に同意するかのようにラーソルバールも頷く。

「そうですね……。そこはリファール殿下が親ヴァストールという立場だから、という事だけでは無さそうな気もしますね。いずれにせよ、腹の内の読めないお方ですから」

「……ん? 殿下が親ヴァストールだと仰ったのか? そういった話は初めて聞いたが……」

 驚いたようにメッサーハイト公爵が身を乗り出して聞き返す。その真偽によって王子の立場が微妙に変わることになりかねない。

「ご本人からはっきりと。国内事情も鑑みて、あまり公にはしてこられなかったようですが。ただ、今回はそうした考えを嫌った人々に狙われた可能性も有ると……」

 親ヴァストール思想の理由にリファールの恋心がある、とまでは明かさない。

 今回の一件の動機が、反思想によるものなのか、乳兄弟の個人的感情によるものか、はたまた王位継承権に関わるものなのか、いずれの可能性も否定できない。そこが明らかにされるかどうかは、リファール次第という事になる。

 報告だけに必要な事は言わなければならない。リファールにとって害となる場合もあるが、そこはメッサーハイト公爵ならば上手く差配してくれるだろう。

「様々な利害関係が絡んできそうな危険な話だな。政治利用される可能性もあるだけに、ご本人からそうした話が出てこない限りは、我々は知らなかったということにしておこう」

「有難う御座います」

 ラーソルバールは感謝の言葉を口にするとともに、深く頭を下げた。

「殿下はこれからしばらくの間、我が国に滞在される事が決まった。また力を貸してもらう事があるかもしれないので、その時はよろしく頼みますよ」

 裏の意味まで勘繰ってしまいそうな言葉だったが、素直に「はい」と答えるしか無かった。


 変な話の流れになる前に退席するか、話を変えるかしたい。そう思った時、いい事を思いついた。

「話は変わるのですが。ひとつ……お伺いしてもよろしいですか?」

 ラーソルバールは思い立ったように、メッサーハイト公爵の目を見詰め、話を切り出した。

「答えられる範囲のものであれば」

「各国要人を招いた際の晩餐会というのは、慣例的にどの程度のご身分の方までお声がかかるのですか?」

「ん……?」

 メッサーハイト公爵は意外な質問に目を丸くし、言葉が出てこない。

 隣に座るサンドワーズは意図を察したのか何も言わなかったが、微笑むかのようにやや口端を上げた。

「……それは、貴女も晩餐会に参加したいという事ですか? 今の貴女の立場なら条件が整えば……」

 できた間を補うかのように、ナスターク侯爵が質問の意図を尋ねた。

「あ、いえ、私は出席したく無い方です……」

 やや言葉の端に被せ気味に言うと、ラーソルバールは苦笑いをして見せる。意図を間違われないよう、そこは本心をはっきりと言っておく。

「……ふふ、そうですな、貴女はそういう人でした。大丈夫、晩餐会は大臣および侯爵位以上の者とその家族という事になっていますよ」

 メッサーハイト公爵は吹き出して笑いながら、ラーソルバールが求めていた答えを与えてくれた。

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