(二)三姉妹②
長女であるイリアナは婿を取って公爵家の跡を継がせ、二女のルベーゼと三女のエラゼルはどこかに嫁にやる。これは常々、デラネトゥス公爵が公言してきた事である。
三姉妹は共に優秀で、いずれも王太子の婚約者としては申し分ない。一時は候補者に全員の名が挙がったのだが……。
王太子と最も年齢の近い長女は嫁に出さないと言われ、次女は元々病弱で近年はそれが理由で引きこもりがち。
残ったエラゼルは性格に難ありと言われてきた。だが最近、エラゼルのそれも緩和されたようだと噂になり、ここぞとばかりに候補に選ばれたという経緯がある。
公爵としてはイリアナにさっさと気に入った婿を見つけて欲しいようだが、本人は「良い相手がいない」と誤魔化し、焦る様子もない。特に意中の相手がいる様子もないので、公爵家の跡継ぎをどうするかが、デラネトゥス公爵の目下の悩みどころである。
対するルベーゼは病弱さが災いして、良い縁談相手が見つからない。手元に置いておきたいという気もあるが、公爵としては良縁が有れば売り込みたい。今回の晩餐会は良い機会になると踏んでいる。
ところが。
「私は……ご遠慮した方が良いかしら」
ルベーゼは俯きながら申し訳なさそうに、そう口にした。
病弱な者が何かあって周囲に迷惑をかけてはいけない。以前からそう言って大きな催しには参加しないという姿勢を貫いてきた。
現在は元々の体の弱さだけでなく呪詛も原因であると分かり、色々と対策を講じてきた。おかげで以前よりも体調は良くなってきたが、その効果があるのは呪詛避けの品が設置されている邸宅内に限られており、長時間の外出は体調を崩すことがある。
昨年来、何度か経験して分かった事だ。
「無理をする必要は有りませんが、せっかくの機会です。しっかりと呪詛対策を講じて晩餐会に参加してみませんか?」
イリアナは姉らしい言葉をかけ、優しく微笑む。
父としては体調を気にしてあまり強く言えないだけに、その言葉にこれ幸いとばかりにうなずいた。
「では、体調次第という事で……」
ルベーゼが納得したように首を縦に振った。
その様子を見ていたエラゼルは頃合いかとばかりに口を開く。
「では、私は……」
「そうね、王太子殿下がいらっしゃるもの、エラゼルは参加しないわけにはいかないわねえ」
エラゼルは「行かない」と言おうして先手を取られてイリアナに封じられ、不満げに口を尖らせた。
基本的にエラゼルは社交界というものが好きではない。
義務感で顔を出すだけで、出なくても良ければ出たくないというのが本音だ。それに今回は新年会のように気を許せるような相手がいる訳でもない。堅苦しい思いをするだけで、行ったところで何も良いことがないのは目に見えているのだ。
「せめてラーソルバールが出席するのならば……」
思わずぽろりと本音が口を突いて出た。
「ほら……、大好きでしょ」
イリアナは嬉しそうにルベーゼに言ったが、それはエラゼルの耳には届いていない。
ラーソルバールの晩餐会への出席。
それが無理なのはエラゼルも分かっている。男爵という爵位的にも晩餐会出席の条件を満たさないだけでなく、対レンドバールの戦で勝利の立役者となった彼女は同国の第二王子の歓迎という趣旨にはそぐわない。
エラゼルは「王子に忌避されるような者が出席して良いはずがない」という極めて当たり前の考え方で遮り、それ以上の思考をしなかった。
もしこの時、ラーソルバールがリファール王子の護衛と暗殺阻止によって、両者が良好な関係にあるということをエラゼルが知っていたら、彼女を参加させる抜け道を探していたに違いない。
確か、彼女は明日の午後は家に居ると先日の手紙にあったはず。それを思い出したところで、無性に会いたくなった。
エラゼルはおもむろに立ち上がると、部屋の扉を開け、廊下に控えていた警護に手招きをする。
「レガード、これからミルエルシ家に使いに行ってくれませんか。明日の午後、修学院の帰りに伺いますと、伝えてください。よろしくお願いしますね」
それだけ伝えると、エラゼルは笑顔を向けた。面識のある彼なら大丈夫だろう。
明日、会ったら何をしようか。菓子を買って行って食べよう。いや、それよりも久々に剣を思い切り振りたい。ああ、以前のようにゆっくりと話したい。
にやにやとしながら戻ってきたエラゼルを見て、姉二人は堪えきれずに失笑した。
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