(四)レンドバールの第二王子③

「さて、私は貴国の要求通り人質としてやってきた訳だが、今話したような状況だけにその価値があるのか定かではない。とはいえ、多少なりとも両国の紛争が無くなるよう努力はするつもりだが……」

「何故、私達にそのお話をされたのですか?」

 何の狙いも無く、ただの愚痴だけでここまで話したとは思えない。

「なに、簡単な話だ。サンドワーズ殿は第一騎士団の団長という重鎮、そしてミルエルシ嬢も若き英雄と称される人物らしいからな。味方にしておいて損はないだろう?」

 リファールはにやりと笑った。

 親ヴァストールと宣言し、ここまで話してしまえば断られることは無いと踏んでいたのだろう。意外に策士なのか。

 これから帝国と対峙する可能性が高い事を考えれば、レンドバール国内の事情はともかく、親ヴァストールの人物を庇護するのはこの国にとって悪い事ではない。

 とはいえ……。

「私では、国家首脳の決定に口出しはできませんよ?」

 苦笑しつつも、正直なところを言ってみる。同じ考えなのか、横ではサンドワーズが黙って頷く。そもそも一国の王族と、こんなに親しげに話をしていて良いものかという疑問もあるが。

「口添えは期待していないが、きっとこの縁が役に立つだろうと考えているのだがな……」

 どこまでが本音だろうか。ラーソルバールは目の前で満足げに笑顔を浮かべる王子の強かさを感じた。


 早朝、他の騎士達に気付かれぬよう、ラーソルバール達は来たときと同じ経路を辿って外に出た。

 王子との対談後、警護に戻るとサンドワーズと交替で仮眠をとったが、十分な睡眠が取れたという訳ではない。眠い目をこすりながらも自宅へ戻ると、早朝の帰宅にも関わらず、エレノールはしっかりと出迎え、湯浴みと着替えの支度を整えてくれた。


 目を覚ますため湯に浸かりながら、出来事を頭の中で整理する。

 リファール王子としては、今回の件はあまり公にはしたくないと考えていた。国内向けには問題にならないよう纏めさせる予定だとし、ヴァストールの軍務省にも礼は尽くし、内密にして貰うように依頼するらしい。

 公に出来ない以上は、ラーソルバール達がレンドバールの王子を暗殺から救ったという事実は無いということになる。恩賞などを期待した訳でもないが、結果的にただ働きをしただけに見える今回の一件。

 下手をすればヴァストールによる暗殺だと言いがかりをつけられ、帝国を巻き込んだ戦争に突入する可能性もあっただけに、それを回避できただけでも良しとしなければならない。

 いずれにせよラーソルバールは事情聴取のため、軍務省に出頭しなくてはならないだろう。

「面倒事が無いといいなぁ……」

 誰も居ない中、ひとりつぶやきながら目元まで湯に沈む。息を吐くと気泡がぶくぶくと浮かぶ。

 ひとつまたひとつと弾ける泡を見て思う。

 果たして今日、レンドバールとの間でどのような交渉が行われるのか。王子本人が人質だと言っていたのだから、その辺は決まっているのだろうが……。

 思案しながら膝を抱えると、左腕がわずかに痛んだ。毒も中和され、傷口も塞がっているが、応急処置だったため、完治まではしてはいないのかもしれない。

 湯から顔を出すと、大きく息を吸う。

「交渉結果は後で分かることだし……。さて、支度しないとエレノールさんに迷惑かけちゃう……」

 湯を手で掬って顔にかけると、ラーソルバールは立ち上がって湯船をあとにした。


 湯浴みを終えると、朝食がすでに用意されていた。

 椅子に腰掛け、交替時間までまだ余裕があるので大丈夫、と思った瞬間に眠気が襲ってきた。瞼が閉じそうになったところ、食器をテーブルに優しく置く音で呼び戻される。

「眠気覚ましのお茶を淹れましたので、どうぞ」

 エレノールが笑顔を向けた。

「ごめんなさい、連絡もせずに。エレノールさんも寝てないんじゃないですか?」

「いえ、この格好のまま寝てしまっていただけです」

 そう優しい声で答えが返って来たが、実際は寝ていなかったのかもしれない。

「それよりお嬢様、袖が切れて血も付いていました。腕を怪我されたのではないですか?」

「大丈夫。治癒魔法がかかっているから……」

 痛みがあることは伏せておく。どうせあとで自分の魔法の練習に使おうと思っていた程度なのだから、余計な心配をかける必要もないだろう。

 閉じそうになる目を誤魔化しながら、用意された茶をエレノールに感謝しながら飲む。

 ゆっくりと朝食をとった後、支度にかかる。エレノールに乾かした髪を整えてもらい、鎧を着込むと大きく息を吐いた。

「行ってきます!」

 疲れている暇など無い。エレノールに笑顔を向けると、ラーソルバールは再びレンドバール大使館へと向かった。


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