(四)レンドバールの第二王子②

 一国の大臣のあまりの低姿勢に驚いたラーソルバールだったが、それを表情に出すことはしなかった。

「命がけで守ってくれた相手だけに、隠し事をするのもどうかと思ってな」

「部外者ですが……構わないのですか?」

 さすがのサンドワーズも戸惑いがあるようで、リファールの言葉を遮るような形で聞き返した。

「構わんさ。ふたりとも口は堅いのだろう?」

 グロワルドの不安そうな表情を気にする様子も無く、リファールは微笑を浮かべる。

 ラーソルバール達の同意を求めている風でも無く、見知った者が犯行に加わっていたという事に対する動揺を、誰かと話すことで消化したいと考えているのかもしれない。その愚痴が、他人であることが都合が良いという事なのだろう。


「現状レンドバール内では色々と問題があって、今回の一件に繋がったのだと思っている。先程の男は私の乳母をしていた者の子……いわゆる乳兄弟というやつで、私にとってはもうひとりの兄のような存在だった。まあ、彼にも事情があったのだろうと思うが……どこからか手が伸びていたのだろうな」

 やや自嘲気味に語るリファールに、ラーソルバールは言葉を挟むつもりは無い。彼もこの件について、ラーソルバール達に何か言葉を期待している訳ではないだろう。

「ここに居る軍務大臣……グロワルド伯爵は私の母の兄、つまり伯父にあたる。私の母は側室だが、兄である王太子や弟の第三王子が王妃の子だというのは知られていると思う。父王は独立派で、兄も弟も現状では帝国従属派、私は親ヴァストールと立場も違う……もっとも、側室の子の私には何の力も無いが……」

 ラーソルバールとしては王子達の出生については聞いたことがあるが、彼らが内包しているであろう問題については全く知らないし、関わる事など無いだろうと思っていたのだが。

 ただ、帝国に従属する立場となっているレンドバールの王子の中に、親ヴァストールの考えを持つ存在が居るというのは少々驚きだった。


「不思議そうな顔をしているが、私が子供の頃はヴァストールとの関係は良好で交流も盛んだったのだから、そういう思考を持っていても不思議ではないだろう?」

 どうにも嘘を言っているようには見えないが、現在のレンドバール国内でそうした発言をすれば糾弾される可能性が高いのではないだろうか。

「リファール殿下は十年ほど前、ヴァストールの晩餐会に招かれた際に出会った少女にひと目惚れしたそうで……」

 グロワルドが言いかけたところで、リファールの鋭い視線が向けられた。余計な事を言うな、という意味だろう。

 惚れた女性のために、親ヴァストールを貫いているというのであれば分かりやすい。ラーソルバールはその人間らしさに親しみを感じた。

「殿下、その方のお名前は?」

 思わずラーソルバールは口に出していた。

「あ……、いや、聞きそびれてしまってな……。私と同じ位の年頃だと思うので今は二十歳前後か。確か姉が居ると言っていたな……」

 視線を逸らしながらも、ぼそぼそと口ごもりながらも答える。その表情からもひと目惚れした相手が居るというのは嘘ではないと分かる。

 外国の要人を招いた晩餐会に呼ばれるような家柄ということであれば、それなりに絞れるかもしれない。ただ、先の動乱で処分された家であれば、その限りではないが……。

「お相手も既に嫁がれているか、婚約されているだろうから、諦めたほうが良いと申し上げているのですが……」

「いや……だから、今はその話をしている訳ではないのだ」

 やや顔を赤くしながら、リファールはひとつ咳払いをしてから、再び口を開いた。

「その……兄弟同士の思想の違いと、国内の思惑が絡んでいてな。父王は国を独歩させる為にはヴァストールとの親和が重要だと考えているのだが、国内は帝国の力を恐れ、従属という現状維持を望む意見が強い。中には帝国に国を売ろうと画策する者もいるという話だ。先の戦も、そうした連中に押し切られた形で始められたものだったが、あまりにも簡単に負けてくれたので風向きが変わりつつある。そんな中、誰の差し金かは知らんが、私が邪魔になったという事だろうな」

 リファールはわざとらしく肩をすくめてみせた。


 ヴァストールに人質としてでも差し出せば国内の影響力を削げると踏んでいたが、国内の風向きを見るに、彼を担ぎ出して世論を変えようとする者が出てきかねない。そうなると、彼の存在が邪魔になる。更に王位継承権などが絡めば、問題はさらにややこしくなるだろう。

「私は今回の交渉後、敗戦の責を負って辞任する予定ですので、殿下の後押しもできなくなります」

 伯父が大臣という要職から去れば、立場はより厳しいものになるのかもしれない。

 微妙な立場に立たされるのであれば、ヴァストールに庇護して貰おうという事だろうか。

 やれやれ、面倒な事に首を突っ込んだものだ。ラーソルバールは誰にも気付かれぬよう、小さくため息をついた。

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