(四)レンドバールの第二王子①

(四)


 襲撃者達の抵抗は終わった。


 部屋の主であるリファールは周囲を見渡した後、静かにランタンの火を点した。

「ヴェスティマ……。やはりお前だったか」

 リファールはラーソルバールの前で身動きひとつせずにいた男の顔を覗き込むと、落胆したように深い吐息を漏らした。

 その吐息にどのような意味が有るのか、部外者であるラーソルバールには理解できるはずも無い。

 突きつけた切っ先を動かす事無く、その先にある男の顔を見詰める。端整な顔立ちに見事な体躯で、年の頃は王子であるリファールとさほど変わらないように見える。だが、それが誰で、王子とはどのような間柄なのかまで推し量る事は出来ない。

 本人はというと、腹部を斬られ観念したのか剣を手放し、先程まで放っていた殺気を放つことも無く、ただ膝を付き押し黙っていた。


 間もなく幾多の金属音と足音がこの部屋に近付いてきた。

「ヴァストールの方はこちらでお待ちを……」

 廊下から大臣グロワルドの声が聞こえた。外で警護をしていた騎士達が、中の異変に気付いて駆けつけたのだろう。

「殿下、御無事で!」

 部屋に入ってくるなり飛びつかんばかりの勢いに、リファールは苦笑いをした。

「私は無傷だ。それよりも、彼女の傷を看てやってくれ。毒を受けているかもしれん」

「有難う御座います。できればこの方の手当もお願いします。出血が酷いので……」

 自ら斬り付けた相手ではあるが、そのまま放置すれば失血死してしまうだろう。今ならまだ傷を塞げば命に別状はないだろう。

「っ……」

 ほっとして気を抜いた瞬間、腕の痛みが増したかのように感じ、顔をしかめる。

 ラーソルバールの眼前に座していたヴェスティマと呼ばれた男は、その様子を見て軽く苦笑を浮かべると、腰の小袋に手を伸ばす。

「動くな!」

 リファールは厳しい口調でその動きを制した。

「この期に及んで抵抗するつもりはありません。毒消しなら俺が持っている。これを傷口とその周辺にかければいい。残った分は飲め……」

 制止に逆らって取り出した小瓶を、ゆっくりとラーソルバールに差し出した。

「ミルエルシ三星官……」

 刺客が差し出すものなど信用するな、という事だろう。

 そんな事は言われなくても分かっているつもりだ。止めようとしたサンドワーズに微笑み返すと、ラーソルバールは突き付けていた剣を下ろした。

 剣を痺れる左手に持ち替えてしゃがむと、右手を伸ばしてヴェスティマから小瓶を受け取った。

「ありがとうございます。私、毒消しの魔法は苦手なんですよね」

 微笑を浮かべながら、ラーソルバールはさらりと嘘をついた。苦手なのは魔法全般であって、毒消しだけではない。

「そうか」

 ヴェスティマは僅かに笑みを浮かべると、満足そうに頷いた。


 この後すぐに第二王子リファールの暗殺を謀った者達は、治療を施され地下の部屋に監禁された。牢獄ではないが、外側から施錠されており自由は奪われたと言っていい。

 聞けば大臣の方は襲撃寸前で駆けつけた騎士団に阻止されたようで、親子揃って無事だったとのこと。

 誰が敵で誰が信用できるのか。疑心暗鬼になりかねない状況にも、リファールは平然としていた。

 襲撃に有った寝室は片付けもそこそで済まされたが、そのまま寝ると言い出したリファールを大臣は無理矢理阻止し、別の部屋が用意される事となった。

 深夜でもあり明日の会談に影響が出かねないため、事後処理に時間をかけている余裕は無い。

 ……はずなのだが。

 ヴァストールの騎士達が警備に戻る中、ラーソルバールとサンドワーズは何故かリファールの部屋に居た。

「すまんな、何やら興奮しているのか寝る気になれんのだ。少しばかり話しに付き合ってくれないか? 癒したとは言え腕の傷も毒も心配だしな」

 ラーソルバールはサンドワーズと顔を見合わせた。

 二人は大臣のおかげで、駆けつけた騎士団の面々に会ってはいない。外に出る必要も無いし、警護は朝までのつもりでいただけに問題が無いといえば無い。

 逃げ場のない言葉に、二人は無言で首を縦に振るしかなかった。

 さすがにこの状況で大臣も部屋に戻る訳にもいかず、王子の顔色を伺っている。

「グロワルドも立ってないでここに座れ」

「はぁ……」

 渋々王子の隣の椅子に腰掛けると、申し訳無さそうに二人に頭を下げた。

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