(三)剣に誓って③

 緊張感の中、サンドワーズが居る辺りから金属のぶつかる音がした。

「殿下には敵を寄せ付けない。任せておけ!」

 彼も他の侵入者との戦闘を始めたのだろうか。気にはなるが、視線を外せば先程と同じ状況を招きかねない。僅かに相手の輪郭が見える程度で、激しい動きをすれば黒衣の相手だけに闇に紛れて簡単に見失いかねない。

 だが、敵の数が多ければサンドワースといえど、どうなるか分からない。早くこの状況を打破しないと、他に警護が居ない王子を危険に晒す事になる。

 抱えた焦りを剣に出さないようひとつ小さく息を吸うと、柔らかい絨毯を蹴って一気に斬りかかる。

 その一撃は迎え撃つ剣と激しくぶつかり、大きな音が室内に響きわたる。

 魔力を込めて斬りつけたはずの一撃は、小剣で軽々と受け止められた。角度を変えて弾こうにも、相手の剣は微動だにしない。

(凄い力……)

 自らの非力さを魔力で補ってきたラーソルバールだが、相手の力に押し負けている。

 しかもそれは純粋な腕力のみで、体内の魔力を活用しているようには感じない。

 ギリッ。

 剣が擦れ合い、鈍い音を奏でる。ラーソルバールは力比べになるのを嫌って、剣に力を入れてその反動で再び間合いを取った。


「殿下、侵入者共を切り捨ててもよろしいですか?」

 サンドワーズの声が聞こえた。向こう見ずな自分が飛び出した事で、対応を変えなければならなくなったという事だろう。

「構わない。但し、一人は生かしておいてくれ。背後関係が知りたい」

「はい」

 承諾がとれた瞬間、短い悲鳴がひとつ発せられ、人が床に崩れ落ちる鈍い音が聞こえた。サンドワーズの眼前にいた者が斬られたのだろう。

「射手と魔法の使い手が居るかもしれん、気をつけろ!」

 そう警告されたが、目の前にいる相手と対峙するだけで精一杯で、他の事にまで気を配っていられない。


「らしくない……」

 暗闇が心を惑わせたか。いつも通り戦わなければ、と剣を緩く握り直し、今度は軽く床を蹴った。

 ラーソルバールは暗闇を舞うように剣を繰り出すと、相手は意表を突かれたのか防戦一方となった。薙ぎ、突き、縦横を閃く切っ先は踊るようにしながら追い詰めていく。それでもまだ足りない。

 そして、何度目かの剣を振るった直後だった。

「ん!」

 一瞬の違和感に、踏み込むはずだった足を止めた。違和感の正体、それはすぐに身を持って知ることになる。

 ギッ!

 何かが腹部の衣服を切り裂き、胸当てを掠めた。

「えっ?」

 相手の反利き手と思われる左の腕が動いたように見えたが、それが届いたとは思えない。

(左手に何か持っている? 暗器? それとも射手にやられた?)

 驚きはしたが怯めば反撃されかねないだけに、攻撃の手を緩める訳にはいかない。

 剣を返し、相手の胸元を抉るように切り上げる。次の瞬間、再び相手は剣を避けつつ身を捻った。

 そして。

 今度は右手の手甲に衝撃を感じ、左腕を何かが掠めた。

「痛っ……」

 肘の近くに裂傷を負った、と痛覚が訴えている。

 射手ではない。目の前の相手が何かをしているのは間違いない。左手に何かを持っていて、悟られないように使っているのだろう。

 しかし、この動きは暗殺者ではなく良く訓練された剣士のもの。とすると、左手にあるのはもうひとつの剣か。

 考えながらも隙を与えないよう、剣を振る。探りを入れたいが、切りつけられた部分が熱で焼けるように痛み出した。

(毒が塗られていた?)

 痛みを伴いながら、腕の感覚が鈍くなってくる。様子見などしている場合ではない。

 そう思った時だった。


「切り裂け、風刃よ!」


 リファールが歌うように唱えると室内を風が巡り、その目に見えぬ流れが刃となって、窓を覆っていたカーテンを切り裂いた。

 とばりを失った窓は、月明かりを室内にもたらした。


 窓に背を向けていたラーソルバールにとって、視界が一瞬で開けたように感じられるほどで、最もその恩恵を受けたといっていい。侵入者達をはっきりと視認することができるようになり、動きに制限が無くなった。

 そして、知る事が出来た。敵の左手に有ったのは黒く塗られた小剣だったと。

(一気に決めるしかない!)

 左腕もどこまで持つか分からない。まだ動くうちに、勝負を決めるしかない。

 強く足を踏み出し、剣の速度を上げた。その速さは、勝負を決めに来ると読んでいたはずの相手の予想を遥かに上回るものだった。

 力では敵わないなら手数で勝負と言わんばかりに、相手の嫌がる場所を狙って正確に剣を振る。黒い剣も正体が分かってしまえば問題ではない。相手の服を裂き、裂傷を作り、反撃さえも封じた。そして遂に、ラーソルバールの剣は敵の脇腹を抉るように切り裂いた。

「ぐぁ……っ!」

 低いうめき声を上げ、黒衣の男は膝をつくように崩れ落ちる。裂かれた腹からは血がしたたり落ちており、もう戦える力は残っていないだろう。

 ラーソルバールは右腕で剣をすっと動かすと、相手の首元に突きつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る