(三)剣に誓って②

 ラーソルバール達は鎧の金属音を立てて就寝の邪魔にならぬよう、胸当てと手甲、脛当以外は全て隠し部屋に入った時点で外していたおかげで静かに動ける。

 寝室の状況を確認するためランタンの灯りを消し、音を立てぬよう扉を僅かに開ける。既に就寝したのだろうか、リファールの部屋の灯火は消えており、カーテンの隙間から差し込む月明かりだけが部屋に光をもたらしていた。

 息を呑んで様子を伺っていると、部屋の向こうからカチャリという小さな金属音が聞こえた。廊下へと続く扉が有った辺りだろうか。

 外に居るのが大臣ならば、扉を叩いて室内の反応を確認し、王子自らが解錠するのを待つはず。そうではなく外から密かに解錠しようとするのは、何者かがこの部屋に侵入しようと試みていると見て間違いない。


 暗闇の中、室内で衣擦れの音がした。ベッドの上に居るであろうリファールが動いたのか。過敏とも言えるほど小さな物音にまで反応し、剣を握る手にも汗が滲む。

 暗闇に目が慣れてくると、僅かな月明かりだけでも入り口の扉が見えるようになった。

 まだ扉が開いた形跡はない。そう安堵した直後、今度は解錠したと思われる金属音が聞こえた。

(来る……)

 剣は鞘に入ったまま。今抜けば音が漏れ、警護の者が居ると気付かれる。王子の居る部屋を盛大に血で汚すわけにも行かないのだから、丁度良いと割り切るしかない。


 扉が開く。

 静寂に包まれた部屋の中では、丁寧に開けたつもりでも金属が擦れる音が響く。

 同時に人の影と、極小のランタンの光が室内に現れる。そして光を反射するかのように動いたのは彼らが手にしている剣。反射光でベッドを確認するように照らすと、いくつもの人影がそちらへと動いた。

 もう迷っている暇は無い!

 ラーソルバールは扉を開け、飛び出した。

 剣を振り上げた人影は突然の気配と物音に驚き、手を止める。瞬間、ラーソルバールが手にした剣、その鞘が相手の腹部を強襲した。

「グフッ……!」

 野太い声を漏らした人影は、剣の勢いにくの字になりその勢いを殺せず後ろに弾かれるように転げた。

「何者だ!」

 乱入者に慌てた別の人物が、咄嗟に手にしていた剣を突き出そうとする。が、一瞬早く繰り出されたラーソルバールの蹴りが脇腹に突き刺さり、動きを封じる。

「ウァ……」

 腹部を襲った衝撃に思わず手放した剣が床に転げ、分厚い絨毯を刺し金属音を響かせた。

 僅かにできた余裕に、ベッドに視線をやると、王子が剣を手に半身を起こしているのが見えた。そして傍らには既にサンドワーズが居る。

(あとの敵は?)

 確認しようとしたところ、まだ居たはずの敵が視界から消えていた。視線を外した事で、敵を見失ってしまったのだ。

(まずい!)

 この僅かな間に、闇に紛れ消えるとは。

 後悔しかけた時だった。強烈な殺気とともに、足元から剣が襲い掛かって来た。

 危機一髪、鞘で攻撃を受け止めると、鈍い金属音と共に火花が飛び散る。ラーソルバールは相手の間合いから逃れるように、反動で一歩飛び退いた。

 この相手は危険だ!

 直感だけではない全身を刺すような感覚が警鐘を鳴らしている。自分が間をとっても、相手はサンドワーズが側にいる限りは王子に手を出せないはず。言い訳に近いが、その判断が間違えてはいないからこそ、今体勢を立て直しながらも対峙していられる。


 眼前の敵は剣士か、それとも暗殺者か。

 手の内が分からず、一瞬でも隙を見せれば負けるかもしれない。

 この相手は誰だ。

 大臣の部屋は大丈夫なのか。

 頭をよぎる不安。


 だが、相手から目を離す事はできない。

 暗闇の中、自らの呼吸音がやけにうるさく感じる。胸の鼓動が早くなり、恐怖と緊張がラーソルバールに襲い掛かる。経験した事の無い暗闇での戦い。

 光の魔法を使って戦局を替える余裕も無い。かといってサンドワーズが使用したのでは王子を危険に晒しかねない。

(こういう時、エラゼルなら無詠唱で一瞬で使えるんだろうな)

 無詠唱で発現できない自らを嘲る。

 こんな時、彼女なら「だが、お前には剣があるではないか」と言うに違いない。

(そうだ、私には剣しかない。付け焼刃の魔法なんかじゃ戦えないよね……)

 剣を握りなおし相手を牽制するように睨むと、鞘の留め具を外し剣をゆっくりと引き抜く。鞘を付けたままでは、相手の剣に遅れる可能性があるからだ。

 剣を抜き放つと鞘を手放し両手で柄を握る。と、待っていたのだろうか、相手の掌が月明かりで踊るように自らを招くのが見えた。

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