(三)侍女と主②

 騎士団凱旋帰還の翌日、ラーソルバールのもとに王宮からの使者が訪れた。

 父は出仕しており、家に居たのはラーソルバールとエレノールだけ。

 応対に出たエレノールは慌てる事なく使者を応接室に案内すると、自室に篭っていた主を呼びに階段を駆け上がる。

「ラーソルお嬢様、お城から使者が参られました!」

 扉を軽く叩きながら、部屋の中に居る主人を呼ぶ。

「あ、上着を羽織ったら行きます」

「分かりました!」

 室内からの声に、上機嫌で応える。

 鼻歌を歌いながら、戻る廊下で踊るように軽く床を蹴り、くるりと一回転する。

 城からの使者が帰還直後のこの折にやって来るというのは、悪い話であるはずが無いと分かっているからだ。婚約者決定の報せという事はないだろうから、勲章かはたまた陞爵か。

 いずれにせよ、自分の主が評価されるのだから嬉しいに決まっている。


「おっと、お城からの使者をお待たせしちゃいけませんね」

 表情を引き締めると、階段を駆け下りて応接室へと向かう。扉を開けると、笑顔を作り、優雅に頭を下げた。

「主人は間もなく参ります。お待たせして申し訳ありません」

「ああ、お気にされませんよう。私は封書と伝言を預かって来ただけの者ですので」

 王宮からの使者をもてなすというのは賄賂にも通じるとされ、この国では禁じられている。茶を出す程度であれば良いが、酒や食事を出すこと、手土産や金銭の受け渡しなどは罰則事項にあたるため、十分に注意する必要がある。

「何より、エイルディアの聖女とも呼ばれるような方にお会いできるのは、使者冥利に尽きますから」

 随分と我が主を持ち上げてくれるではないか。エレノールは内心では喜んでいるものの、顔には出さないように気をつける。使者の本心だろうかと探ろうとした所で、足音が聞こえてきたので扉を静かに開けた。

「主人が参りました」

 エレノールの言葉が終わると同時に、開いた扉からラーソルバールが姿を現した。

「お待たせして申し訳ありませんでした。休日故に怠惰な格好をしておりましたもので、身支度に時間がかかってしまいました」

 開口一番、謝罪を口にして頭を下げたので、使者はかえって驚いたように立ち上がって身を硬くした。頭を上げたラーソルバールの顔を見るなり、使者は口を開けて我を忘れたように動かなくなる。

「どうかされましたか?」

「い……いえ、何でもありません」

 ラーソルバールの言葉に使者は頬を赤らめると、慌てて背を伸ばし肩にかけていた革の封書入れに手を突っ込んだ。そのあからさまな態度の変化が見て取れたので、エレノールは使者に気付かれぬよう必死に笑いを堪えた。


「私はルブリアヌ伯爵家の次男フェドリックにございます。王室補佐官として、陛下よりの封書をお届けにあがりました」

 何を見合いのように名乗るのか。求婚でもするつもりか、と更に笑いがこみ上げるのを我慢するエレノール。だが、そんなものは我が主人には全く響くはずが無い、と分かっているだけに使者が不憫でならない。……とは思いつつも、顔がにやけるを止められない。

「ラーソルバール・ミルエルシ、確かに封書を拝領いたしました。補佐官殿、お役目お疲れ様でした」

「それと、宰相様より御伝言です。くれぐれも身の周りの警護を怠る事なきように、との事でした」

 宰相がわざわざ言伝ことづてを頼むというのには何か意味があるのだろう。だが使者に尋ねたところで、その真意が分かるはずもない。ラーソルバールはただその言葉を受け止めるしかなかった。

 この言伝は大司教の動きを警戒した宰相の配慮であり、書面にせよ言葉にせよ明確な理由に触れるべきではないと判断したため、あえて濁した表現になっている。


「はい、お言葉有難く頂戴いたしました。宰相様には、よろしくお伝え下さいませ」

「確かに、承りました」

 恭しく頭を下げるラーソルバールに見とれるように手を止めた、使者の淡い想いは報われる事はなかった。

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