(三)侍女と主③
使者の帰りを見送った後、ラーソルバールはすぐに応接室に戻ると、ソファに腰掛けてから封を開けて書面を取り出す。ふと視線を感じて顔を上げると、エレノールが興味津々といったように様子を伺っていた。
「一緒に見ますか?」
書面を開く手を止めて微笑を浮かべる。
「よろしいのですか?」
「もちろん!」
ラーソルバールの許可を得ると、エレノールは嬉しそうにソファの後ろに回り込むと、肩越しに書面を覗き込んだ。
書面に記載されていたのは、男爵位に叙される旨と勲章の授与について。
昨年と同様に王宮へ招かれ、国王に謁見する事になる。また王子が迎えに現れるようなことはないだろうが、国王と顔を合わすと思うだけでもラーソルバールとしては気が重い。それは自身が耐えれば良いだけだとして、男爵となるのが決定したとなると、いよいよ現実味を帯びてくるのがエラゼルの警告と宰相の「身の周りの警護を怠るな」という言葉。
背後で嬉しそうに書面を見詰めるエレノールも、これからラーソルバールが守らなければならない存在なのだと改めて思い知らされた。生活を守るだけでなく、使用人の命を守る事も爵位を持つ者の勤めなのだと。
「エレノールさん、この授与式が終わったら人手を増やそうかと思うんですが……」
「私では御不満だという事ですか?」
振り返ると、エレノールが少々悲しげな表情を浮かべて自分を見つめているので、ラーソルバールは驚いた。
「いや、そういう事じゃなくて、これからは色々と忙しくなりそうだし、人手も必要になってくるだろうから……」
ただ理由を伝えたかっただけなのだが、慌てたために取り繕うような言い方になってしまった。だが、主の慌てる様を見て、してやったりとばかりにエレノールは笑みを浮かべた。
「ふふ……冗談です。男爵様になられたなら仕事も増えて色々とまた大変になるでしょうし、お屋敷の警護も必要になります。そうすると私だけでは足りなくなるのは当然ですからね」
侍女が主をからかうというのは一般的な主従関係で有り得ないのかもしれない。だが、この二人は主従というよりは姉と妹のような、普通とは違う形の接し方で信頼関係を成り立たせている。今後他者を雇用し、余人が挟まったときにこの関係が成り立つのかはまだ分からない。
「その書面だと五月八日……。騎士団の休暇最終日は、陛下に謁見という事になりますね」
「戦争での気持ちの整理もついてないし、登城は必須だから、陛下にお会いすると思うと憂鬱だし、休暇と言っても全然ゆっくりできる気がしないなぁ……」
国王に対して不敬だ、などと言う人物も居ないので、素直に心境を吐露する。
「はいはい、お嬢様なら大丈夫です。登城の際は騎士団の礼服でしょうから、ドレスでは無い分、髪と化粧のほうは気合を入れさせて頂きますね」
「はーい……」
文句をさらりと流され、嫌々とばかりに返事をする。
それでも、休暇は嫌な事ばかりではない。
「今日は話してあったとおり、午後からシェラとフォルテシアが来ることになっているから、よろしくお願いします」
「ああ、引越しの際にお手伝いに来て頂いた方々ですね、分かりました。それと明日は第四、第六騎士団が帰還という噂ですが、明後日の夜は御予定通り、ご友人方と会食なさるのでしょう?」
「うん、その予定に今のところ変更はないです」
休み期間中は意外に多忙だ。本来であれば、この機会に領地の視察にでも行くべきなのかもしれない。ただ距離的に日帰りができないので、余裕を持った日程で行動したいとは考えていた。
「とすると現領地への視察は、新領地を受領した後ですね?」
考えている事が見抜かれているのだろうかと、苦笑いをするラーソルバール。
「新領地ね……」
男爵となれば、領地が加増される。男爵の持つ領地には大きな村か、街がひとつという慣例が有る。現領地には村がひとつ存在するので慣例から逸脱しないよう、一昨年の暴動による損壊から復興途中の街アスフォールを含む、イスマイア地区中央部が与えられるに違いない。
復興の舵取りなど自分には責任が重すぎるのではないだろうか。ラーソルバールは頭を抱えながら、大きくため息をついた。
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