(三)侍女と主①
(三)
ミルエルシ家の邸宅。
父は一度挨拶に出てきたが、邪魔をしないようにとすぐに書斎に引きこもってしまった。その後、応接室に連れてこられたエラゼルはというと……。時折ふんふんと小さく頷きながら周囲を物珍しそうに見回していた。
「何か面白いものでもあった?」
エラゼルの様子が可笑しかったのか、ラーソルバールは笑いを堪えながら尋ねた。
「いや、普段は招待された家の中を眺め回すような事は失礼にあたるのでしないのだが、ラーソルバールの家ならば……」
「いやいや、そこは遠慮しようよ」
ラーソルバールが思わず吹き出して笑うと、エラゼルもつられて笑い出した。
公爵家であるデラネトゥス家と比較したら面白いものなど何も無いだろうに、と思うが口には出さない。
「中古物件だとは聞いていたが、なかなか綺麗なものだな……」
「痛んでいた所は修繕して貰ったんだよ。あとの細かいところは、エレノールさんが上手く隠してくれてるの」
「エレノール……? ああ、先程の侍女か」
納得したように頷いたエラゼルだったが、ふと厳しい表情へと変えた。
「思ったのだが……。このような邸宅だから侍女をもう一人か二人。それと警護の者を雇った方が良いのではないか……」
「手は足りてるし、盗られて困るような者は無いよ?」
貴族としてはそう在るべきなのだろうが、金銭的にも余裕がある訳でもない。これ以上人を雇うのであれば、収入面を改善しなくてはならないと考えていた。
「いや、金銭や財宝の話ではない」
「ん?」
意図を掴みかねてラーソルバールは首を傾げた。
「守るのはラーソルバール自身の命だ。これからは何があるか分からぬ。先だって我々の命を狙うものがいた事を忘れた訳ではあるまい?」
「それは対処して頂いたし……」
「全く……本当に己の事には無頓着だな……」
エラゼルは呆れたようにため息をつく。
「今回の戦で戦功を挙げたと聞いたが、功の大きさからすると昇進だけでなく、男爵位も待っているだろう。それだけで妬まれ
「ん……」
ラーソルバールは小さく唸ったが、それ以上何も言えなかった。
この後、すぐにエレノールが茶と菓子を持って現れたため、話はここで途切れたが、ラーソルバールが雇用について考える契機となったのは間違いない。
このあと、エラゼルは運ばれてきた茶と菓子を美味しそうに口にしながら、戦場での話をせがんだりと色々な会話を交えた後、満足したような笑顔で帰って行った。
そしてラーソルバールはふと気付いた。
戦場での出来事をエラゼルに話したことで、気持ちが軽くなったということを。自分が背負って帰って来た戦場の重荷を、彼女が半分持って帰ってくれたのかもしれない。
帰り際にエラゼルは言った。
「無事な顔を近くで見たかった」
彼女が少し寂しそうに発したその言葉に嘘は無いだろう。修学院という道を選ばなければ、共に戦場に立っていた可能性もある。安全な場所でただ待っていただけ、という負い目がエラゼルにはあるのかもしれない。
「ありがとう、エラゼルが待ってくれていると思ったから、諦めずに無事に帰って来れたんだよ」
ラーソルバールはそう応えた。
あの時、戦場で脳裏に響いたエラゼルの声が自分を呼び止めなければどうなっていたか分からない。そんな素直な感謝の言葉だった。
良き友であり『宿敵』でもある、そんな二人は優しく抱擁を交わし、この日の時間の共有を終えた。
エラゼルを見送った後、エレノールは吐息を漏らした。
「デラネトゥス家の三女は非常に美しいが、性格に難ありと聞いていましたが……。実際にお会いしてみると全然違いますね。恐ろしく綺麗で、振る舞いは淑女の鑑みたいな方で……お嬢様と話すときの口調はアレですが……さすが公爵令嬢という感じです」
「でしょう? あの人が将来の王妃様だよ」
自分の事のように嬉しそうに胸を張るラーソルバールを見て、エレノールはこみ上げて来る笑いを止められなかった。
そんなエレノールの顔を覗き込むと、ラーソルバールは小悪魔のおうな笑みを浮かべる。
「エレノールさんも彼女の侍女だったら幸せだったのにね?」
「いいえ、彼女の美しさは二番目です。一番目はお嬢様ですからね! 私は明るくて、優しくて、それでいて寂しがりなお嬢様が誰よりも大好きなのです。ですから、ラーソルバール・ミルエルシ様の侍女で良かったと、心から思っております!」
エレノールはラーソルバールの頭を抱えるように抱き寄せると、乾いたばかりの金髪に頬を寄せた。
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