(一)凱旋②

 騎士団帰還の報に、修学院はその日の授業は終了となった。

 親族や知人が参戦していた場合には出迎えるように、という配慮だろう。

 エラゼルは慌てて鞄に教書や筆記用具をしまい込むと、真っ先に駆け出した。

「お先に失礼致します!」

 おおよそ公爵家の令嬢とは思えぬほど、淑やかさもかなぐり捨てて外へと急ぐ。

 ラーソルバールが戦功を挙げたというのは父から聞いている。だが、大きな怪我はしていないか。シェラは、フォルテシアは無事なのか。

 はやる気持ちを抑えて、通りに出ると間もなく大きな歓声が響いてきた。鼓動が自分でも分かるほどに激しくなる。どうか無事で、と祈るように手を合わせながら、騎士達の姿が大きくなるのを今か今かと見詰める。


 最初にランドルフの姿が見え、少し後ろにラーソルバールの姿が見えた。友の無事な様子に涙腺が緩む。

「ラーソルバールっ!」

 思わず叫んでいた。余りにも必死で自分でも驚く程の大きな声を出していた事に気付く。それでも周囲の視線が自らに向くのを気にもせずに、大きく手を振る。

 ラーソルバールは呼びかけに気付くと振り向きざまにすぐエラゼルを見つけたようで、満面の笑みで手を振り返した。

(ああ、あの笑顔は他の友も無事だということだ)

 胸の中にあった暗く苦しいものが溶けていくのを感じた。自分も一緒に戦場に居れば、この苦しみも味わう事は無かったのかもしれない。

「公爵家の娘が大きな声を出して、恥ずかしいと思わないのですか?」

 振り返るとファルデリアナが立っていた。

 いつの間にか付いて来たのだろう。彼女は言葉ほど咎めている様子も無く、むしろほっとしたような落ち着いた表情を浮かべている。彼女なりに心配していたのだろう。

「もっと嬉しそうな顔をすれば良いではないですか」

 エラゼルは凱旋行進の列から視線を外さずに、ファルデリアナに言い返す。

「国を守ってくれた人々が帰って来たのですから、多少の諍いいさかいが有った相手とて笑顔で迎えられるのではありませんか?」

 そして諭すように付け加えた。

「感謝をしていない訳ではありませんわ。騎士や兵士が国を守るのが当然などという卑しい考えは持っておりませんから、当然有難いと思っています。ただ、貴女のように、我を忘れるのはどうかと、申し上げているのです……」

 ファルデリアナは口を尖らせて、ばつが悪そうに答える。

 そうこうしている間にシェラが眼前を通り過ぎていく。彼女もエラゼルを見つけたようで、満面の笑顔で手を振っていった。

「……ファルデリアナも大切な友が戦場に行けば、平然となどしていられないはずです。その友が無事に帰って来たのですから、これを喜ばずにいられましょうか?」

 心の底からほっとしたように、穏やかな笑みを浮かべるエラゼルを見て、ファルデリアナは思う。

 エラゼルとはこんなに素直に笑い、他人の事で心を痛めるような人物だったろうか。少なくとも、自分の知っていた彼女は他人を寄せ付けないような、孤高の存在だったはず。

 交流期間中に感じた違和感が、やっと分かった気がする。きっとその大切な友が彼女を変えたのだろう、と。果たして自分はここまで心を許す友が居るだろうか。

 周囲は公爵家という肩書きに寄って来た者達ばかりで、真実の友と呼べる者は居ないのかも知れない。そう思うと胸に小さな痛みが走る。

 自分が今までしてきたことは、家柄に頼ったものだったのではないか。今それに気付いて、初めて心の底からエラゼルが羨ましいと感じた。

「貴女は良い友に恵まれたのですね……」

 道の両脇を埋め尽くす人々の中、ファルデリアナの小さなつぶやきは周囲の歓声によってかき消された。


 第八騎士団は第二騎士団の後に続くように王都に帰って来た。

 帰路、時折覗く父の背を見ながら馬上で揺られてきた。帰って来た王都の歓声を聞いて、フォルテシアはひとつ安堵の吐息を漏らす。だが、無事に帰って来たという実感はまだ沸かない。馬を下り、家で父と食卓を共にしてようやく感じるのかもしれないと思っている。

 戦場では敵を一人斬り倒した。だが、生き残ることに必死で、相手の生死を確認するほどの余力は無かった。騎士学校で散々訓練をして来たにも関わらず、場の雰囲気に飲まれたと感じている。

 人間同士が殺しあうだけの場所。戦争が終わった今でもまだ、どこか違う世界に居るような感覚に陥っている。そんなふわふわした感覚の中で、ふと誰かに呼ばれたような気がした。

「フォルテシア!」

 涙が混じったような声がもう一度聞こえた。

 声のした方へと振り向くと、そこには見知った金髪の美しい女性が手を振っていた。

「あぁ、エラゼル……」

 相手を認識した瞬間、胸につかえていた何かがすとんと落ちた。

 帰って来た。そう実感して、涙が溢れ出した。その涙でいっぱいの瞳のままで必死に笑顔を作ると、身分のかけ離れた大事な友人に手を振った。

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