第三十七章 ヴァストール王国と英雄
(一)凱旋①
(一)
戦後二日間、カラール砦に駐留している騎士団には待機命令が出ていたが、レンドバール軍の撤退が確認された事により、第二と第八のふたつの騎士団が先に王都に帰還することが決定した。
「えー、居住区のお店、まだ行ってないところ有ったのに」
ビスカーラがぼやいた。
結局、治癒後の外出が禁止されていて、ようやく前日の午後に解除されたばかりだっただけに、いまひとつ納得がいかない様子を見せる。
「またこれから、王都まで移動しなきゃいけないんですから、いい休暇だったと思ってあきらめてください」
ラーソルバールはベッドの上で荷物を詰め込みながら、同室となった年上の相棒をなだめるように言う。当のラーソルバールはというと、前日の午前中にシェラと一度居住区の観光よろしく外出し、甘味を口につつ無事を喜び合った。ちなみにその時ビスカーラにも土産を買ってきたのだが、その日の夕食前に平らげてしまったらしい。
他の友人達の安否だが、フォルテシアやミリエルも戦後一度だけ会う機会が有り、無事は確認した。
同窓生達とも廊下などですれ違うたびに、無事を喜びあったりもしたが、残念ながらリックスや勲章仲間とは顔を合わせることは無かった。それでも戦死者は少なかったと聞いているので、無事を信じている。
ふと、西側に付けられた窓から外を覗くと、近隣の村から避難していた人々が居住区から出て行くのが見えた。人的被害は出ては居ないが、無人となっていた間の村に何も無かったとは言い切れない。
「帰っていく人達がまた笑顔で生活できるといいな」
ぼそりとつぶやいた言葉は、必死に荷物を詰め込むビスカーラの耳には届いていない。
村へ帰ろうと門へ向かう人々を見て思う。今回、自分は騎士として国民を守るという仕事が少しは出来ただろうか。これで褒めて貰えるだろうか、と。
「ねえ、かーさま?」
ひとり言のような問い掛けは、青い空へと向けられた。
翌五月一日、居住区の住人達に見送られながら、ラーソルバール達はカラール砦を後にした。
そして天候にも恵まれ、往路と同じく三日をかけて無事に王都へと戻ってきた。
騎士団の帰還予定は既に王都に伝わっていたのだろう。西門を潜ると、先に帰還となった第二騎士団は住民達の大きな歓声に迎えられた。
色とりどりの花びらが、地上から建物の窓からと次々に投げかけられ、美しく舞いながら降り注ぎ、王都の風景をより鮮やかに見せる。
「お疲れ様!」
「有難う!」
そうした感謝の言葉に混じって、個人の名前も時折聞こえてくる。
手を振って応える者、恥ずかしさに頬を染めながら視線を前方から逸らさない者。千差万別の対応で勝利の凱旋行進は続けられる。
ラーソルバールの所属する第五中隊は第二騎士団の前よりに位置しているため、まさに興奮状態と言った人々の熱烈な声が飛ぶ。
「ランドルフ様っ!」
「どの方が、ミルエ……」
「ヴァストール万歳!」
「……ああ、……ディアの聖女様……」
人々の声の中でラーソルバールにとってあまり歓迎したくない言葉が混じっている気がした。好むと好まざるとに関わらず、自らの名が国民に浸透しつつあるのを実感する。まだ姿絵などが出回っていないので、顔が知られていないだけましだろうか。
ジャハネートが第一戦功だと真顔でオーガンズ子爵に語っていたので、下手をすればまた英雄もどきに祭り上げられてしまう気がしている。
「ほら、ミルエルシ! 胸を張れ。戦功を挙げた奴はもっと堂々としていろ」
思いもよらず、ギリューネクから言葉を投げかけられた。
「あ、はい!」
ラーソルバールは慌てて背筋を伸ばして、笑顔で手を振りながら周囲の声援に応える。
その様子を見ていたビスカーラは不思議そうに首を傾げた。
「あれ、ギリューネク隊長……」
「……んあ? なんだ?」
「ああ、いえ、何でもないです!」
恐らく、ラーソルバールに個人的に声を掛けた事に違和感を感じたのだろう。
実際、ギリューネクとの関係は戦後やや改善している。一方的に突っかかられる事は無くなったし、無視するような態度もとらない。かなり強固な壁は存在するが、当初のような敵対関係という程では無くなっていた。
「くく……今頃気付いた?」
ドゥーが口元を押さえつつ、ビスカーラを見て笑った。
「え、何? どういうこと?」
「黙ってろ!」
ひとり声を上げるビスカーラに、ギリューネクの叱咤が飛んだ。
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