(一)凱旋③

 凱旋行進を終えて騎士団本部に戻ってくると、ラーソルバールはほっとした様に大きく息を吐く。そして下馬をすると、お疲れ様というように馬の背を軽く二度叩いた。

 乗ってきたのは砦で飼育されていた馬。自身の馬を戦場で失ったため、代わりに用意されたものだ。

 戦利品ともいえるモンセントの乗馬は健康で良質な白馬だったが、ラーソルバールはさすがに使う気にはなれず、その処遇は中隊長であるヴェイス一月官に一任した。

「お前さんの戦果なんだから、もう少し図太く自分の物にしたいと言ってもいいんだがな……。まあ、敵将の馬だからそうもいかんか」

 ヴェイスが最後はひとり言のようにつぶやきながら、面倒くさそうに苦笑いしていたのを覚えている。


 鞄とくらを馬の背から下ろすと、手綱を厩舎きゅうしゃの担当者に預ける。鞍を鞄に括り付けて背負い、無事に帰って来た十七小隊の面々を見て、ようやく落ち着いた気がした。

「俺はこれから中隊長の所に行くが、お前達は今日は馬を預けたら解散で良いそうだ。事前に話があった通り、全員が五日間の休暇となる。ゆっくり疲れを取るように」

 ギリューネクは馬を下りると、十七小隊の面々に短く告げた。

 一同が敬礼をして帰ろうとするところ、ギリューネクがラーソルバールを呼び止める。

「ああ、ミルエルシ」

「……はい?」

 声を掛けられるとは思っていなかっただけに、声が少し裏返った。今までの経緯もあり、まだ直接話しかけられる事には慣れていない。

「そんなに驚くこたぁないだろ」

 ギリューネクはばつが悪そうに、頭をぼりぼりと掻く。

「……休みが明けたら、お前さんは間違いなく昇進して俺の部下じゃなくなる。というか……小隊長になるだろうな。見習い期間中に異例の事だが、まあうまくやれ」

「は……はい、有難う御座います!」

 思いがけない言葉に、戸惑いながらも頭を下げる。

 砦からの帰りも事務的な会話ばかりだったので、個人的な内容に踏み込んだのは初めての事だった。

「全く……大変な相手の……候補者が部下とかやってられねぇからな……」

「あ、あ、ちょっ……」

 慌ててギリューネクの言葉を遮ろうとするが、間に合わなかった。

「候補者、ってなんです?」

 その話が聞こえていたのか、ビスカーラが振り返りざまに首を傾げた。

「え、ああ、何でもないです」

 ラーソルバールは苦笑いして誤魔化すようにビスカーラの背中を押し、顔だけギリューネクに向けると、人差し指を立てて口元にあてた。

「お先に失礼します!」

 ビスカーラの腕を取ると、逃げるようにラーソルバールは走っていった。

 残されたギリューネクはやれやれ、というように肩をすくめて笑う。

(公にしちゃまずいんだっけか? まぁ、そうか。王太子との話だからな……)

 口止めされていなかったが、不用意な発言だったかと少しだけ反省した。


 ラーソルバールはビスカーラと共に小隊の控え室に戻ってくると、すぐに鎧を脱いで布で軽く拭き、鞍や備品と併せて棚に戻した。

 砂埃がついていた鎧も今は綺麗に光って見える。継ぎ紐は砦に居るときに洗ったが、固定用の革のベルトは洗えず、血で染まった箇所がいくつも見受けられる。恐らくは、そのほとんどが自分の血ではない。

 戦場で斃した者達の返り血であり、これを「戦士の証」だと胸を張って言う者も居るのだが、ラーソルバールはどうしてもそういう気持ちにはなれない。だからといって、血痕を嫌って革ベルトを交換するのも正しいとは思えない。

 新品にするというのは自らが手にかけた者達を忘れようという行為で、死者への冒涜であり、責任からの逃げなのではないか。

 戦場でのモンセントの死が衝撃となって脳裏に焼きついており、今でも生々しくその時の事を思い出せる。これから騎士として何度もそういう場面に立ち会うことになるかもしれない。だが、それを背負っていかなければならない。


 棚の扉を閉め、目を閉じた。そして戦場を家に持ち帰らないように気持ちを落ち着ける。元の日常に戻る事が出来る自信は無いが……。


「さあ、帰りましょう」

 ビスカーラの差し出した手を握ると、ラーソルバールは無言でうなずいた。

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