(二)悔恨②

「ファルデリアナ!」

 エラゼルは驚いた。何故ここに、彼女がやってきたのか理解できない。ラーソルバールを敵視していてもおかしくない人物だけに、エラゼルは警戒する。

「エラゼル……。彼女とは一緒ではないのですか?」

 普段と変わらぬ様子で、特に害意を持って現れた訳ではないという事はすぐに分かる。問い掛けに対し、何と答えようかと一瞬答えに迷ったが、隠しても意味が無いと諦めた。

「……治癒の邪魔だからと、追い出されたようなものです」

 落ち込んだ様子で力なく言うエラゼルを見て、ファルデリアナは小さく吹き出して笑った。だが、それは悪意の有るものではない。

「治癒、という事は命は助かるという事ですね。とりあえず安心しました。……しかし……貴女がそんな顔をするところを初めて見ましたわ」

「私を笑いに来たのですか?」

 少し頬を膨らませ、上目遣いでテーブルの向かい側に腰掛けるファルデリアナを見る。

「いえ……、謝罪に参りました」

「謝罪?」

 エラゼルはファルデリアナの口から出た、意外な言葉に驚いた。


「今回の事件、彼女が暴走した責任の一端は私にあります。彼女……サラエはリガラード子爵の……。いえ……先の動乱で反逆者となり、爵位を剥奪され後に処刑された……元子爵の娘です。父の処分は娘に及ばずというご温情により、修学院にそのまま在学しておりました」

「反乱に直接加担した訳で無いなら、子女に罪は及ばず、ということでそれは分かります。ですが、それがファルデリアナとどういう関係があるのです?」

 謝罪に繋がる理由が見出せずに、エラゼルは首を傾げた。

「私が……、身近な人々に宰相様暗殺未遂事件の話をした際、偶然サラエがそれを聞いてしまった。ラーソルバールさんが、その暗殺を阻止した本人だと知ってしまった訳です」

「そんなものは、反乱に加担した父親が悪いのであって、ラーソルバールには何の関係もないではないですか!」

「……それでも、反乱阻止の立役者ではないですか。彼女は反乱による失敗で父親が死んだということに対し、怒りの矛先が欲しかったのでしょう。話を聞いた直後、彼女は「父の声が聞こえた」と言ってふらりと何処かへ行ってしまいました。その直後に事件が起きた訳ですから……」

 それが事件の動機か。そしてファルデリアナの謝罪の意味はそれか。

 エラゼルは瞳を閉じて、頭を抱えた。もしかしたら、第二、第三の復讐者が現れる可能性を秘めているという事では無いのか。

 納得はいかない。責任転嫁もいいところではないか。

 反乱が成功しなかったのはラーソルバールのせい? そもそも反乱を企てたのは、自らの汚職などが原因ではないか。

 親が反乱を企て参加したという事に一切の問題点を見出さず、子女に罪が及ばないのを良い事に復讐をしようなどとは。貴族やその家族の思い上がり、堕落甚だしい。

 本来であれば、そのような貴族が一掃された事を喜ぶべきところだ。だが、親族の罪を背負わぬ者達と、あの清廉な友の命とを天秤にかけるなど耐え難い苦痛でしかない。

 エラゼルは机を殴りつけたい衝動を抑え、苛立ちを吐き出すように、大きくため息をついた。

 

 エラゼルの苦悩を見て取ったのか、この時のファルデリアナからはいつもの居丈高な態度は消えていた。 

「元々彼女は私についてきた者。反乱事件を切っ掛けに、切り捨てる訳にもいかず……。申し訳ありません。私の配慮が足りませんでした」

 ファルデリアナは深々と頭を下げた。

 自身は関係ないと言い切る事も出来ただろう。だがそれをしないのが、彼女の美徳なのかもしれない。

「貴女の言いたい事は分かりました。けれど、謝るべき相手は私ではありません。……それとも、男爵家の娘に頭を下げるのは、公爵家の娘としての自尊心が許しませんか?」

 一瞬、ファルデリアナは痛いところを突かれたように下を向き、表情を強張らせ唇を噛む。

 そして小さく息を吐くと、意を決したように静かに顔を上げた。

「いいえ、私とて責任有る公爵家の娘。自らの非は認めて誰であろうと謝罪します」

 強い意志を込めた目で、エラゼルの瞳を見る。

「ええ、彼女の目が覚めたら、そうしてやってください」

 エラゼルはまだ目を覚まさぬ友を想い、目の前の相手に僅かに笑みを浮かべて見せた。

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