(二)悔恨③
謝罪の件についての話を終えると、会話が止まった。
だが、ラーソルバールの治癒が終わるまで沈黙を続ける訳にもいかず、エラゼルはファルデリアナとふたり他愛も無い会話で、時間を潰していた。
実際エラゼルとしては、余計な事を考える時間を与えて欲しくなかった、せめて会話をしていれば、不安も苛立ちも覚えずに済む。不甲斐なさを感じずに済むという考えがあった。
ところが、そんな時間も長く続く事はなく、部屋の外がにわかに騒々しくなった。
「なんですか?」
ファルデリアナが扉の方に視線をやる。
「さあ……」
エラゼルも首を傾げ、同じように扉を見つめる。
その騒ぎのような状態が静まった、と思った後だった。
部屋に近づいてくる複数の足音に、二人は顔を見合わせた。足音だけではない、コツコツという多少の異音。
「し……失礼します。関係者の方が……いらっしゃいましたので、ごぁ……ご案内いたしました」
ファルデリアナの時でさえ、やや張り詰めた声であったのに、それを明らかに上回る緊張で上ずった声。
部屋の中の二人は同時に頷いた。
「入って頂いて構いません」
がちゃりと扉が開くと、現れたのは二人が見知った顔であり、このような場所に居るはずの無い人物だった。
「王太子殿下!」
二人は声を揃えた。
「お、お久しぶりでございます。何故……、このような場所に?」
エラゼルはその理由に得心がいったが、ファルデリアナは理解できずに問いかけた。
「私がここに来ては変か?」
王太子は僅かに笑みを浮かべ、ファルデリアナに問い返す。
「お部屋をお間違えになったのでは?」
「いや、エラゼルがここに居るのだから、ここで良いはずだが?」
エラゼルは王太子の言葉に頷くと、その陰に立つ杖を手にした人物に軽く頭を下げた。
「どういう事ですの?」
戸惑うファルデリアナは質問の矛先をエラゼルに向ける。
「殿下は、ラーソルバールの父君に剣を師事しておられます」
深く説明をする必要も無い。その言葉だけで察する事ができるだろう。
王太子の後ろに居たクレストが二人に頭を下げる。
「そういうことだ」
呆気に取られる公爵令嬢に向かって苦笑いを浮かべると、王太子はエラゼルに向き直る。その表情はやや硬い。
「それで、容態は?」
「酷い怪我でしたが、ここの方は『助かる』と仰っていました」
その言葉を聞き、父親であるクレストは胸をなでおろした。それに続くように、王太子はほっとしたように、大きく息を吐く。
「まるで婚約者のことを心配されているかのようにも見えますね」
エラゼルが半ばからかうように言う。
「尊敬する師の娘御であり、人付き合いの下手なエラゼルの大事な友だ。心配もしよう?」
一言余計だとも言えず、エラゼルは苦笑した。
悔しいので、言われた分だけ少し仕返しをしてやろうか、という気になった。そして、随分とラーソルバールやシェラに毒されたものだ、と自嘲する。
「それではここのご訪問に、殿下ご自身の感情は含まれないのですね?」
「あ、いや、見知った者が命の危機に晒されているとなれば当然心配もする。剣の訓練を終えたところに、ミルエルシ男爵宛の急報があったので、心配になって馬車を出す際に一緒についてきたのだからな」
王太子は僅かにエラゼルから視線を外す。
はて、どこまでが本音で、どこからが建前か。そもそも少しでも本音を言ったのだろうか。落ち着かない様子の王太子を見つめ、エラゼルは考える。
「殿下はここに居られる時間的余裕がおありなのですか?」
「せっかく城を抜け出してきたのだ。ゆっくりさせてくれ。この後、無事を確認したら夕食でも一緒にどうだ? たまに市井で食事を取るのも良い事だろう?」
ファルデリアナの質問に答えた直後だった。扉を叩く音がして、一同は会話を止めた。
入ってきたのは、メサイナだった。
「失礼します。治癒を終えたので、そのご報告に参りました。……エラゼルさん、こちらは?」
「え、ああ、王太子殿下と、ラーソルバールの父君、同じクラスで学ぶファルデリアナ公爵令嬢です。」
「今……王太子殿下と……?」
驚いて聞き直すメサイナに、エラゼルは黙って頷いた。
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