(一)囁く声③

 午後の授業は荒れ地からの畑の作り形と、作物についての実地講義となった。

 土だらけになりながら楽しそうに作業をするエラゼルの姿に、思わずにやけるラーソルバール。

 ファルデリアナもエラゼルに負けじと真面目に作業を行っており、競争意識が良い方向に向いていることを感じさせた。

 特に問題もなく、クラス全体が順調に作業をこなしていく様子は、教師をして「他のクラスより非常に優秀」と言わしめた。


 帰り道。泥だらけになった制服を誇らしげに見せるエラゼルとは対照的に、ラーソルバールの表情はやや暗いものだった。

「どうした?」

 浮かない顔をするラーソルバールを気遣うように、エラゼルは足を止めた。

「うん……今日、時々なんだけど、刺すような視線を感じてね……」

「気のせいでは無いのだろう?」

 ラーソルバールは小さく頷く。

「さっきも校門の所で誰かに見られてた気がする……」

「まだ先日の件で遺恨を持っている人が居るのかな?」

 シェラも神妙な面持ちでエラゼルと顔を見合わせる。その瞬間だった。

「!」

 普段、街中で感じる事の無い程の魔力の動きを感じ、ラーソルバールは慌てて振り返る。だが相手を視認する前に魔法は放たれ、閃光を放つ球がラーソルバールに襲いかかった。

 反応が遅れ、対応が出来ない。避ければ誰かに当たる。いや、それ以前に避けきれない。

 瞬時に判断し、咄嗟に手にしていた鞄を盾がわりにする。

 前を歩いていたエミーナとフォルテシアだけでなく、隣にいたエラゼルもシェラも対応が出来なかった。

 バチバチッと激しい音が周囲に響き、ラーソルバールの悲鳴と混じり合う。

「ラーソル!」

 魔法の威力で後方に弾き飛ばされたラーソルバールに、シェラが慌てて駆け寄る。

「誰だっ……!」

 エラゼルは魔法が放たれた方を睨み、声を荒げる。周囲に居るのは騎士学校の生徒ばかり。騒然となった中でひとり、高笑いをする修学院の女子生徒が居た。

「ふふふふふ……やりましたよ、父上! あの女を殺しましたよ……皆の仇をとることができました! あははははははは……!」

笑い声は周囲に響き、その存在を際立たせた。

「おのれぇ!」

 エラゼルは叫びながら、力一杯地を蹴って一気に女子生徒との距離を詰める。エラゼルの接近など意に介さず、狂ったように高笑いを続ける相手の腹に、怒りに任せた右拳が叩き込まれた。

「ガッ……」

 一瞬だけ声を漏らし、殴り飛ばされて体をくの字に折り曲げたまま、女子生徒は地面に叩き付けられる。その反動で一度地を跳ねたあと、数回転がって止まった。

 女子生徒がぴくりとも動かなくなった事を確認すると、エラゼルは冷静になろうと、大きく息を吐く。

「皆、すまない。その女を捕らえておいてくれ」

 エラゼルの頼みに応えるように、近くに居た騎士学校の生徒達が転がっている女子生徒を拘束する。それを一顧だにせず、エラゼルは急いでラーソルバールのもとへ駆け寄る。

「ラーソルバール!」

 エラゼルの声に、ラーソルバールを抱え上げていたシェラが表情を曇らせた。

「呼んでも全然反応しないの……どうしよう……どうしたら……」

 シェラの目から涙が溢れる。

「ねえ、起きてよ……ラーソル……」

 傍らで、必死にフォルテシアとエミーナが傷を癒そうと魔法をかけている。それでも反応はない。

「僅かだけど、息はある……」

 半泣きになりながらフォルテシアが呟く。

「起きぬか、ラーソルバール! 私の宿敵がこんな所で倒れている場合か!」

 現実を受け入れたく無いのか、その体に触れようとせずに、エラゼルはただ立ち尽くす。こぼれ落ちた大粒の涙が敷石を濡らし、震える手は空を掴む。

「……起きろ、ラーソルバール……」

 弱々しい声は、周囲の喧騒にかき消された。

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