(一)囁く声②

 ラーソルバールが反論し、相手を沈黙させた事でその後三日間は平穏だった。

 だが解決したなどと安易に考えてはおらず、表面上沈静化しただけに過ぎないと理解していた。

 それは修学院が三年制であり、騎士学校の生徒は二年生の交流相手であるという事にも由来する。

 当の二年生が沈黙したとて、一年生や三年生が動き出せば問題は収拾がつかなくなる。小さな声でもやがて大きくなり止められなくなってしまう。


「昨年までならウォルスター殿下が在学して居られたから、何とかなったかもしれぬが。私がやり方を誤ったせいで迷惑をかける。申し訳ない……」

 学園内にあるベンチで、弁当を広げ始めたところで、エラゼルは頭を下げた。

「エラゼルが謝ること無いよ。それに公爵家の令嬢が頭を下げているのを見られたら、それこそ何を言われるか分かったものじゃない」

「剣で解決できる問題なら良かったのだがな。人の口から出る言葉には盾も鎧も効果が無い……」

 ふう、と大きくため息をついて、弁当の蓋を開ける。彩の良い料理と野菜が並んでいるが、今の気分は弁当の色ように明るいものではない。

「表面上はファルデリアナさんとは悪い関係じゃないから、まあ何とかなるんじゃないかと、甘い考えを持っているんだけど」

「ラーソルが言い返したときに名前を出したこと、ご本人はどう思っているんだろうね」

 疑問を口にすると、シェラは茹で野菜のソース和えを食べ、美味しそうな表情を浮かべる。シェラの好物のひとつだけに、ご機嫌なのだろう。

「話はきっと聞いているんだろうけど、特に変わった様子もないからね」

 ファルデリアナの敵意が自分に向く分には良いが、それがエラゼルひいてはデラネトゥス家にまで向くことになると、公爵家同士の諍いで国家の基盤を揺るがしかねない。所詮貴族の子供同士の小競り合いと思って見過ごしていると、大火傷となる。

「ファルデリアナもそこまで愚かではないはず。自分の行動ひとつが引き起こす問題の大きさは理解しているだろうしな」

「なるようになるでしょ。この先、何かあればまた解決すればいい事だし」

 ラーソルバールの言葉に、エラゼルは小さく「ふむ」と応え、大きく息を吐いた。

 納得したという事なのだろうか。そのまま黙ってパンを食べる公爵令嬢が何を考えているのか、ラーソルバールには何となく分かった気がした。


「午後は農業実習?」

 今まで話を横で聞きながら、黙っていたフォルテシアだったが、一段落したと見て話を変えてきた。どう話を振ろうかと考えていたラーソルバールには、非常に有り難い助け舟だった。

「そう、午後はまた新しい野菜の種植えだ。先日のはもう芽が出ているし、収穫が楽しみだ」

 公爵家の令嬢だけあって、ラーソルバールのように自分で種を植えて野菜を育てた経験など無いのだろう。それだけに、自らの手で植えた野菜を収穫して食べる日を心待ちにしているようで、来る日を嬉しそうに話す様が可愛らしいと、ラーソルバールは密かに思っている。

 だが、それを口に出せば、きっと照れて拗ねてしまうだろう事も分かっているだけに、黙ったままでいる。

「みんな真面目に、楽しそうにやっているよね」

「普段やりなれない事だし、野菜が育つのも楽しいんじゃないかな」

 そういうシェラも、意外に楽しんでいる様子。自宅で花を育てていたというので、似たような感覚なのかもしれない。

 

 農家の暮らしの何分の一でも良いので、理解できる貴族階級の人間が増えて欲しい。それがラーソルバールと、エラゼルが共有している願い。

 食糧自給の安定しているこの国だが、そうした人々が増えることで、飢饉が訪れた際への対応もしやすくなるはずだ。小さな種が芽吹いて成長し、やがて実を付ける。人も同じなのだと言われる理由が、何となく分かった気がした。

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