(二)帰国へ①

(二)


 ルクスフォール家を出立する朝、館中にエシェスの泣き声が響いた。

 領主の娘という立場上、仲の良い友がいないエシェスにとって、突然現れた冒険者達は、良き姉であり友だった。その中の誰かが残る訳でもなく、皆が揃って居なくなるとあっては、悲しくないはずがない。

 昨日のうちに覚悟していたものの、いざとなると全て吹き飛んでしまったようだった。

「帰らないで!」

 ラーソルバールとシェラの服の裾を握り締め、絶対に離すものかと力を入れる。

「また夏にルシェと一緒に来るから、ね」

 シェラはなだめてあやすように、優しく頭を撫でる。だが、これに驚いたのはラーソルバールだった。

「え、いつの間にそんな話になったの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ!」

「あれ? じゃあ、まあそういう事だから」

 こらこら、と怒りたい所だったが、ここで否定してはエシェスの怒りに火がつきかねない。

「だ、そうです……」

 素直に負けを認め、頭を垂れた。

「じゃあ、お兄様にも教えなくっちゃ!」

「あー、待って待って!」

 あっという間に泣き止むと、スカートの端を摘まんで今にも走り出そうとする、エシェスの腕を掴む。

「内緒にしておいてください」

「むー!」

 エシェスは頬を膨らませて抗議した。


「お世話になりました」

 玄関ホールに移動し、全員が揃うと、滞在の礼を述べる。

「またそのうちに参ります」

「うん、夏にまたね!」

 ラーソルバールの言葉に、エシェスが間髪入れずに返す。

(絶対にわざとだ、小悪魔ちゃんめ!)

 小悪魔はラーソルバールの顔を見つつ、いひひひと笑うと、観念したように一筋の涙を流し、夫人の服を掴んだ。

「それでは、失礼します」

「ああ、また来てくれ」

 アシェルタートも笑顔で出立を見送る。少し、涙が出そうになるのを抑えながら、伯爵家の人々に笑顔で別れを告げると、泣き出す前に邸宅に背を向ける。そして足早に街へ出て馬車乗り場へと急ぐ。

「明日には国境に着けるかな?」

 誤魔化す言葉が震える。

「恐らく明日の夕方には着くと思うが……」

 ラーソルバールの心に気付かぬ振りをして、エラゼルは答える。彼女なりの優しさなのかもしれない。

 予定では国境近くまで馬車で行き、あとは徒歩。そしてシルネラ国民として、帝国から出国。ヴァストールへの入国は、恐らく連絡が行っているので特に問題はないはず。


 国境付近までの馬車を手配して、すぐに乗り込む。腰を下ろすと、ルクスフォール家での出来事が頭をよぎり、寂しさを呼び起こす。

 隣にシェラが荷物を置いて座ると、ラーソルバールにそっと耳打ちする。

「ねえ、キスくらいしてきた?」

「んっ?」

 その言葉に驚いて大きな声を上げる。

「してるわけ無いでしょ!」

 真っ赤になって慌てながら、他に聞こえないように、シェラに答える。

「なーんだ、つまんない」

 シェラは、やれやれといった風にため息をつく。いい話が聞けるとでも思っていたのだろうか。

「どうした、大きな声を出して。忘れ物でもしたのか?」

 エラゼルは荷物を置いて腰掛けつつ尋ねる。

「うん忘れ物。ラーソルがね、キ……むがっ……」

「ううん、何でもないの。気にしないで」

 シェラの口を手で塞いだまま、エラゼルに作り笑いを向ける。

「コッテよ、国境を越えるまでは『ルシェ』だ」

 シェラの言葉の先を知ってか知らずか。エラゼルはシェラを嗜めた。

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