(一)明日のために③

「短い間でしたが、良い時間を過ごす事ができました」

 夕食を終えたあと、二人だけがその場に残り、僅かな時間を共有していた。

「いや、エシェスの相手をしてもらったり、色々と迷惑をかけてしまった。申し訳ない」

 ぎこちない言葉遣いが二人の距離感をそのまま表現している。

 淑女に仕立て上げられたラーソルバールを直視してしまい、少しだけ動揺した様子を見せつつも、誤魔化すようにカップに手を伸ばして茶を飲む。

「何か?」

「いや、今日は何というか一段と……化粧のせいかな……」

「……? ああ、今日はエシェス様と、うちのコッテが何が何でも綺麗に化粧をするんだと言って。エリゼストならともかく、無骨な私には化粧など似合わないかと思うんですが」

 自嘲気味に言うと顔を隠すようにうつむき、カップに手を伸ばす。

「いや、そんな事はない……よく似合っている。と、君の事が好きな僕が言っても説得力が無いかな……」

「いえ……、貴方に褒めて頂けるのが何より一番嬉しいですよ。我慢して化粧された甲斐が有りました」

 恥ずかしげに笑い、目を伏せる。

「男勝りな事をやっていると性別など忘れてしまい、女性らしい事は疎かになってしまいますから」

「あはは、確かに最初に君が常闇の森に行く冒険者だと聞かされた時には、驚いたし、危険だからと制止しようと思ったくらいだ。初めて好きになった人が、すぐに帰らぬ人になるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」

「それはご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。まあ、実際、死にかけましたけどね……。あはは……」

「おいおい……」

 想定以上の答えが返ってきたので、アシェルタートは驚いたというよりも呆れたという反応を見せる。

「そして、私は人を殺しました……自分の意志で」

 その言葉と共に急に真顔になったラーソルバールを見て、アシェルタートは息を呑んだ。

「盗賊とは言え、人です。ボルリッツさんが、その仕事は自分が引き受けると仰ってくださったのですが、それに甘える訳にもいかず、友を守るため、仕事のために……。テリネラも同じ事を、私に打ち明けてくれました」

「そうか……」

 今まで見たことの無かった、真剣な暗い瞳がアシェルタートの心に訴えかける。戸惑いながら、言葉みじかに答えることしかできなかった。

「ですから、そんな人の血で汚れた手を持つ者が、一時的にでも貴方のような方の隣に居て良いのかと、悩みました」

「いや……それは違う。僕ら領主は………代行だが、その政治決断一つで人を生かしもするが殺しもする。剣を手に直接、という訳ではないけどね。判断を誤れば大量殺人者さ。もう既に何人かは殺しているかもしれない。それでも僕の手が汚れていないと言えるかい?」

 ラーソルバールとしてもそれは分かっているつもりだ。父の領地に口を出した時から、その責任は感じている。

「ルシェ達が退治してくれた盗賊達だって、僕も退治するよう指示していたんだ。恥ずかしながら、見つけられていなかったんだけどね。だから僕がやるべきことをやってくれた、つまり僕が彼らを殺したと言ってもいい。僕らは領民の未来のために、手を汚す覚悟が必要なんだ。だからルシェが気に病む必要は無い」

 ラーソルバールは表情を緩め、微笑を浮かべる。

「立派な領主様の顔ですね。帰国前に良いものが見られました」

「ん? 僕を試したのか?」

「いえ、そんなつもりは無いですよ。私の心の負担を軽くして頂きましたから。ふふ……。これで今度来るとき、悩まずにお会い出来ます……」

 ラーソルバールは僅かに頬を染めた。

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