(一)明日のために②

 楽しい時間もあっという間に終わり、気が付けば夕方になっていた。

 慌てて館に戻ると、この日のをマスティオに預け、汗と汚れを洗い流す。

 館に戻る道中、誰もが笑顔の中にどこか寂しそうな雰囲気を漂わせ、誰もがそれを気付かない振りをしていた。


 この日の夜で最後という事もあって、夕食前に時間が無いにも関わらず、ラーソルバールの化粧をシェラとエシェスが買って出た。というよりは、不要だという本人の意思を無理矢理押し切っての行動で、化粧を施した二人の気合の入りようは、ラーソルバールを呆れさせた。

 シェラとしても、友の大事な日であるという事を認識しているからこその行為で、悪戯しようと思った訳でも、悪気が有った訳でもない。

 おかげで、エレノールの手によるものよりは若干落ちるものの、見事な淑女に仕立て上げられてしまい、シェラとエシェスは互いに手を取り合いながら満足そうに笑みを浮かべていた。


 食事に際して、アシェルタートは先に部屋に居たが、エシェスに手を引かれて現れたラーソルバールの姿に見とれ、しばし言葉を失った。

 まさにシェラとしては「大成功!」と飛び上がって喜びたいところだったが、さすがにドレスを着用している手前、はしたない真似はできず口元を押さえつつ含み笑いをするに止めた。

「さあ、明日帰国という事だから、今日の夕食は料理人に気合を入れてもらったよ。特に、今日僕らが釣った魚が調理されて並んでいるので、よく味わって食べて欲しい」

 全員が入室し終わったところで我に返り、アシェルタートは笑顔でそう言ったが、夫人はその様子を少し寂しそうに見ていた。夫人には息子の笑顔が、無理をして作ったものだと分かっていたのだろう。


 実際、ラーソルバールとアシェルタートが時間を共有する機会は、それ程多くなかった。というのも、アシェルタートには領主代行としての仕事が有り、それ程時間を取れなかったという事情がある。

 そんなアシェルタートの公務中は、ラーソルバールはシェラと共に、エシェスの相手をしている事が多かったため、余計にエシェスに懐かれることになった。

 二人は互いに人目を気にしながら接していたため、二人だけで過ごすのは夜の僅かな時間だけでしかなく、相手の気持ちを分かっていながらも、大して距離を縮めるには至らなかった。そのため、ラーソルバールが「アシェル」と愛称で呼んだのは、片手の指で足りる程でしかない。

 二人の時以外は「アシェルタート様」と呼んで公私の切り替えをしていたが、二人の微妙な距離感から、誰もがその関係について気付いており、あえて知らぬ振りをして見せていた。


 夕食は楽しい時間となり、食後に部屋に戻る際「帰国しようという意志が鈍りそうになった」と言ってシェラは寂しがる。

「どうせ、夏に長い休暇がある。その時に来ればいいだろ? またシルネラの冒険者として、さ」

 ガイザはそう言って笑ったが、自身がまた来たいという意味なのだろう、とシェラは理解した。

「何にせよ、帰り支度をせねば。ラーソルバールは御曹司との時間だろうが、準備は出来ているのか?」

「昨日のうちにしてたみたいよ。部屋を覗きに行ったら少し寂しそうにしながら荷物を詰め込んでたから」

「ここに残るという選択肢があれば、苦しまずに済むだろうに」

 エラゼルが苦笑いしながら、軽く吐息する。

「そうそう、が居なくなったら、このお屋敷の使用人の何人かは悲しむでしょうねぇ」

「ん? なんのことだ?」

 ディナレスの言葉の意味が理解できず、聞き返す。

「うん、男女問わず大人気だもんね」

 シェラとディナレスは悪戯っぽく笑って、エラゼルの顔を見る。

「な……、何をそんな冗談を……」

 二人の頭をぺしぺしと叩くと、エラゼルは真っ赤になった顔を背けた。

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