(三)剣を振るうは誰が為に①
(三)
「次はこのエリゼストがお相手しよう。本気で来られよ」
美麗な微笑を浮かべつつ、エラゼルは相手を挑発する。
向かいに立つ、茶髪の男は髭を弄りながら、エラゼルを見下ろす。
「レガンダだ。綺麗な嬢ちゃん相手に本気と言われてもなあ」
少々鼻の下を伸ばしつつ、男は手にした剣の感触を確かめるように軽く振る。
「まあ、介抱はしてやるから安心しな」
ニヤニヤしながら手招きをする。エラゼルはその挑発に乗った振りをしようかと考えたが、面倒臭いので止めた。
「準備が良かったら始めてくれ」
気のせいか、先程よりホグアードの余裕が感じられない。ガイザが善戦した結果、想定通りに行かなかった、という事なのだろう。
「いつでもどうぞ」
エラゼルは剣をゆったり構えた。
「その余裕は他の奴が相手のときにしておきな」
レガンダと名乗った男は言うや否や、地を蹴り強烈な横薙ぎを放つ。エラゼルは慌てることなく、ゆらりと揺れるように上半身を動かすと、持っていた剣で相手の攻撃を弾き上げた。
「なに!」
「ふむ、言うだけの事は有る。体がなまっているので、少々稽古に付き合って貰おうか」
再びゆらりと体が動くと、レガンダの脇腹近くに突きを繰り出す。反応が遅れたレガンダは慌てて体を捻って避けると、半歩後退して間合いを取る。
「おい、冗談じゃねぇぞ。この嬢ちゃんか? デットーラを伸したってぇのは!」
ミディートが勢いに飲まれ、二度三度と首を縦に振る。
「本気で構わぬと言ったはずだが?」
「おう、本気でやるぜ。綺麗な娘っこだからって、容赦しねぇ」
剣を握り直すと、表情が変わる。冒険者本来の獲物を狙う目が、エラゼルを威圧するように見つめる。
「俺たちは常に命を懸けて戦っている。若僧どもとは違うんだよ!」
斜めに切り下ろすように仕掛けたが、エラゼルは難なく捌く。だが、そのままレガンダの猛攻が始まる。
「命なら我々とて懸けている」
剣を弾き、受け流しながら、エラゼルが力強く言い放つ。とはいえ、エラゼルが押され気味に見えるだけに、ホグアードの表情が明るくなる。
「ただ、そなたらの剣は所詮、我が身の為。誰かを守ることが有っても、金の為ひいては己の為……剣の重さは我々の比では無い!」
「偉そう言っても、防戦一方じゃねぇか」
剣を振るいながらレガンダが鼻で笑う。
「だから稽古だと言うておる。お主の剣なぞ、我が宿敵の比ではない」
言い終わると、レガンダの剣を華麗に弾き返し、逆に猛攻を始める。今まで勢い良く攻めていたはずの、レガンダが対応に苦慮する。
右に左にと変幻自在に剣が踊る。ダンスを踊るかのような美しく優雅な動きに、ホグアードは魅了され、制止の言葉を忘れた。
「あの人、防戦に弱いね」
シェラがフォルテシアに話しかけると、フォルテシアは無言で頷く。傍らに居たディナレスだが、戦闘には詳しくないので話を聞いても理解できず、目まぐるしく変わる剣の動きを見ているだけで精一杯だった。
「あれ、手加減してるよな?」
「してるよ」
ガイザの苦笑を、ラーソルバールはさらりと流した。
「ああ、そう……やっぱまだ勝てる気がしねえわ」
「嘘だろ?」
ゴランドラがそう言って、口を大きく開けたまま言葉を失った。
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