(一)報せ③

「ん、今一瞬聞き流してしまったが、準男爵とは何の話だ?」

 グランザーが首を傾げる。


「それは……」

 言いかけた瞬間、エラゼルは恐ろしく鋭い視線が自らに向けられていることに気付き、身震いした。

「やはりご存知ではなかったのですか。では、ジャハネート殿が子爵になられた事は?」

 視線を無視して続ける。

「ああ、話には聞いている」

「その際にもう一人、叙爵されたという話は?」

 益々視線が痛い。

 隣から余計な事を言うなとばかりに、怒りの熱量が発せられているが、エラゼルは負けない。

 そして、グランザーはその事に気付く様子もない。

「ん? そういえば聞いた気がするな。……確か、ミルエル……」

 グランザーは硬直した。恐ろしい怒りの視線を放つラーソルバールと、それを知りつつも平然とした様子で流すエラゼルに気付いたからだ。

 ああ、そうか。と思ったが、今さら口には出せないグランザーだった。

「……エラゼル……ちょっと……口が……軽いんじゃない?」

 先程まで涙を浮かべて俯いていたラーソルバールだったが、今は怒りで顔を上げている。

「お……おう、立ち直ったではな……いかっ……うぐっ」

 ラーソルバールは両手の人差し指でエラゼルの口を横に開く。

「この口? ……悪いのはこの口?」

「もががががっ!」

 必死に抵抗するエラゼルと、怒りをぶつけるラーソルバールとの攻防。

「ぷっ……はっはっはっ!」

 呆気に取られていたグランザーだったが、思わず笑いだしてしまった。

「……仲が良くて……ぶははっ……何よりだ」

 何とか笑いを抑えようとしながら、戦いを続ける二人を見てまた笑う。

「……お見苦しいところを……。すみません」

 そう言いつつも、ラーソルバールは手を離さない。

「あはっはっは……いやいや。そうか、来年付けで準男爵になるのは君だったのか。うん、確かに明るい話だ。君なら……いや、貴女ならいつか、この国を変えてくれる、護ってくれる、そんな気がする。今はまだ小さい希望かもしれないが、それが花開くと私は信じたい。そう、貴女がた二人ならきっと良い未来を作ってくれるはずだ」

 笑いすぎて出た涙を指で拭いながら、グランザーは二人に優しい目を向ける。

「ありがとうございます。そのご期待に添えるよう、努力します…」

 ラーソルバールが応える間に、ようやくエラゼルが攻防を制して逃れた。


「さて、そろそろ失礼するよ」

 グランザーがそう言って立ち上がると、ラーソルバールも立ち上がって頭を下げる。

「お忙しいところ、わざわざありがとうございました」

「本当に次こそは良い話を、と思っていたが、ここで良い話が聞けた。感謝するよ」

 グランザーは手を差し出すが、ラーソルバールは唾液の付いた手を気にして握手をためらう。

 エラゼルが先に握手をすると、その間にラーソルバールはこっそりとエラゼルの服の裾で手を拭い、次の瞬間には何事も無かったように握手を交わした。

「帝国の件は、団長を通じて軍務省に報告させてもらおう。何かしら動いてくれるはずだ」

「少しでも物事が良い方向に進むことを期待しています」

 少し寂しそうな笑顔を向けるラーソルバールを見て、グランザーはフォンドラーク男爵家の一件が影を落としている事を思い出した。

「例の件、何か情報が有れば伝えるようにする。気に病む事はない。彼らは自分達の意志でやるべきと信じた事をやっただけだ」

「はい……」

「では、また」

 グランザーはそう言い残すと、扉の向こうに消えた。

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