(三)謁見③
「顔を上げるがよい」
王の言葉に従い、ラーソルバールはゆっくりと顔をあげる。だが、視線は上げない。王の姿は直視してはならぬと教えられている。
「何も気にすることは無い。ワシの顔を見よ」
優しい声だった。
恐る恐る視線を上げると、笑顔でこちらを見る王の姿が有った。
確かに、王子達の父である。良く似た目元にウォルスター王子の顔がよぎる。
「お初にお目にかかります、ラーソルバール・ミルエルシにございます。命により参上致しました。ご尊顔を拝する機会をいただきまして、誠に光栄に存じます」
はて、口上はこれで良かったのか。緊張で事前に打ち合わせた内容もすっかりと頭から抜け落ちていた。
「エラゼル・オシ・デラネトゥスにございます。お久しぶりでございます、陛下」
対して、後に続いたエラゼルの堂に入った振る舞いは、さすがは公爵家の令嬢と思わせる。
この凛とした姿と、時折見せるどこか抜けた感じがエラゼルの魅了を一層引き立てるのだとラーソルバールは思っている。完璧だと思われているエラゼルのそういう部分が、最近はラーソルバールの心の拠り所でもある。
「そう畏まる必要は無い。此度は、二人の功に国として報いねばならぬと思い、来て貰ったのだ」
王の傍らには、王妃も、王太子も居る。
緊張するなというのが無理な話だ。
だが、王妃の視線は優しい。エラゼルを我が子のような眼差しで見つめている。
王子らと共に育った存在だけに、それなりに情もあるのだろう。
それに対し、ラーソルバールはただの男爵家の娘。大臣達にとっては初めて聞く名で、知らない存在でしかないはずだ。以前から知っているのは、軍務大臣のナスターク侯爵と、フェスバルハ伯爵程度ではないだろうか。
「そなたらは年明け早々、人々を救うために戦い、此度は宰相の命も守り通した。それに報いねば、国王としての在り様を問われよう」
傍らに居た王太子が頷くと、脇にあるテーブルに向かい何かを手に取る。
「……畏れながら、宰相様のお命をお守りしたのは、ジャハネート様にございます。私共ではありません」
ラーソルバールは無礼を承知で王に言上する。
「ふむ、ジャハネートは、反乱鎮圧の功もあるので、別に場を設けてある。今日はそらなたらの話だ。それに、そなたも宰相を立派に守ったと聞いて居る」
ラーソルバールに言を許したばかりか、やんわりと答える国王。人格者と賞賛されるなど、国王として得難い資質を持っていおり、名君と評されている。
「此度の活躍をもって、ラーソルバール・ミルエルシに爵位を与えるべきとの声がある。ワシもその意見には賛成しておる。だが、いきなり父と同じ男爵位という訳にもいかぬゆえ、準男爵位をもって、功に報いようと思う」
王太子は二つの書状と、短剣、そして勲章を乗せた大盆を王に差し出す。
「陛下、ありがたき事にございますが、私はまだ学生の身。爵位はこの身に過ぎたるものにございます」
ふむ。そう言って王は一瞬沈黙する。
「エラゼル、そなたにも爵位とまではいかぬが、褒賞を与えねばならん」
「私は共に戦っただけで、宰相様をお守りしていたとは申せません。ラーソルバールが辞退するのであれば、私に何の資格がございましょうか」
ラーソルバールはエラゼルを見る。
凛として答えたように見えたが、その手は自分と同じように僅かに震えていた。
自分が断った事で、エラゼルの功まで台無しにしてしまったのではないか。そんな申し訳なさがある。
「困った者達よのう…」
王はちらりと宰相を見やる。
「…陛下、そういたしましたら、騎士学校を卒業するまで、爵位は預かるという事とし、此度は勲章と褒賞金のみの授与ということで宜しかろうかと、臣は愚考いたします」
宰相の言葉に、王はゆっくりと頷いた。
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